本坂通安間起点より、東海道と別れ姫街道に入ります!

第24日目 2013年2月11日

平均気温4.8℃ 最高気温9.3℃ 最低気温2.8℃ 平均湿度% 最大瞬間風速14.7m/s 降水量0.0mm 日照時間9.0時間
気象庁電子閲覧室より引用


こちらが、東海道中野の西外れにある、本坂通安間起点です。
真っ直ぐ進むのが東海道で、本坂通は、ここで右折します。
本来は見付宿から入るのですが、宿や交通の関係で、ここから
姫街道に入ることを選びました。御油追分までの51.6kmは、
峠を越える難コースですが、東海道より1里ほど短いようです。
新居関を通る東海道は、最初、西浜名橋を渡り、2度目は、舞阪の
船着場から、小船をチャーターし、湖上を渡りました。3度目となる
今回は、姫(ママ)を連れていることから姫街道でしょう。
11時12分


ここには、江戸から64番目の安間一里塚があったけど、今は無いんだ。
この一里塚は、姫街道の一里塚でもあったんだって書いてあるね。東海道から
右折すると、こんな狭い路地を進みます。すぐ先が県道312の
安新町交差点だよ。
11時18分

 

その先は、国道1号線の浜松バイパスで、ここも下をくぐって直進だよ。
横断歩道が長く、一回の青で向こう側まで行かれなかったボクたちは
国道の真ん中で信号待ちです。さあ青になったので、渡りましょう。
11時20分


バイパスを渡りきると右側は了願公園だよ。ちっちゃいけどトイレもあるよ。
了願というのは、安間了願という人の名前だよ。遠江国風土記伝には、
南北朝時代に了願が、この辺を開拓したって書かれているんだって。
了願は、南朝の楠木正行の家臣で、阿倍野合戦で活躍した、法師武者なんだ。
公園の向かい側には、姫街道の道路標識があって、パパは安心してます。
11時26分

 

バイパスから500mほど進むと柏木橋交差点だよ。ここで姫街道は、東名高速の
浜松インターと浜松市内を結ぶ、交通量の多い県道65号を渡ります。斜めに交差
しているから、信号機まで行って横断歩道を渡り、
サークルKの左の道へ入るよ。
11時28分

 

この交差点には、大阪カルビって言う焼肉店と回転寿司のスシローがありました。
この先旧道に入ると、きっと飲食店が無いので、ちょっと早いけど、ここで昼食に
しようってパパが言いました。パパとママは焼肉屋へ入りたかったけど、ボクたちは
スシローがいいって言って。ボクたちが勝ちました。ボクたちの家の近くにも
スシローがあったのですが、入ったことが無かったので、凄く入りたかったんだ。

結局、昼間から5460円も食べて、テーブルにお皿の山を築きました。他にはこんな
客はいなかったので、少し恥ずかしくなったパパでしたが、ボクたちが喜んだからいいか。
11時30分~12時15分

 

柏木橋から市野宿までは、特に見所もなく単調な道を進みます。下石田中(写真左)までは
9分。常夜燈を経て
下石田北(写真右)までは、更に9分掛かって歩いたよ。
12時24分


更に9分進むと、安間川を渡るよ。川の左岸では、鴨の池公園を作る工事が
始っているけど、周りは反対の看板でいっぱいでした。派手な看板でボクたち
にも読めたけど、何で公園を作っちゃいけないのかがよく分かりませんでした。
佐武は、魚が見たくて、川へ降りてっちゃたので、ちょっと休憩です。
12時43分


安間川を渡って40m行くとY字路になるから右へ進み、更に75m行くと変形十字路
だから矢印のように左へ進んでね。この辺りから
市野宿に入るよ。この矢印の
場所が
東の枡形で、この辺りに斉藤本陣があったらしいです。街道沿いには
姫街道の標柱もあって、ちょっと宿場って感じになってきました。
12時47分

 
 
宿場内の街道沿いにあったのは、旅館熊谷館だよ。いまも営業しているのか
分からなかったけど、とっても大きくて立派な建物です。ところどころ
壊れちゃっているけど、直したら立派な旅館だね。でもお客さんがいないのかなぁ。
12時50分


市野町の交差点を過ぎると、右側に立派な石造りの蔵を発見。硬く閉まった窓の
上にある庇のデザインがとてもかっこよく見えました。
12時53分


道が左にカーブする、この右手に斉藤本陣はあったと、言っているおじさんも
いました。斉藤本陣は現存しないって案内板にもあったけど、何処にあったか
くらいは描いておいて欲しいね。細い道と太い道のY字路になったら、直進の
細い道を進み、突き当りを右に曲がりましょう。ここが
西の枡形だよ。
12時55分

 

右折してすぐ右に熊野神社があって、本殿右裏手には、宝筺印塔があるよ。

 
 市野町熊野神社境内の宝筺印塔

 
この宝筺印塔は、延享三年(1746年)造立されました。当時ここには
 鴨江寺の末寺正福寺があり、市野村代官・市野家の領地であった淺羽
 一色村の人々が功徳を願って寄進したものであります。遠州地方最大
 の宝筺印塔で、高さ3.5メートル以上あります。
  宝筺印塔とは、インドのアショカ王がお釈迦様の仏舎利を八万四千の
 塔に分骨した故事にならったもので、日本では鎌倉時代以降に盛んに
 造立されるようになりました。この中には宝筺印陀羅尼経が納められて
 あります。
  この塔の最上部は双輪と呼ばれ、その下には笠があり、笠の下は塔
 身と呼ばれるこの塔の最も重要な箇所で、最下部は基礎となります。
 塔身の作り方によって関西形式と関東形式に区別され、ここの宝筺印
 塔は関東形式と言われます。


12時57分


神社の境内には、公園と浜松市東区姫街道エリアマップがあるから、
ママがエリアマップを見てる間、ボクたちは公園で遊びました。エリアマップに
よると、東の枡形から北へ1kmほど行くと、宗安寺があって、境内には
三重の塔があるんだって。またこの先には最古の道標もあるらしいよ。
13時27分

 

市野宿を抜けると、周りは田圃になって北風が厳しい姫街道です。
この辺をエリアマップによると
八丁とうもと呼んでいたんだよ。ボクたちが
歩いた東海道では、川崎の外れで八丁畷駅というのがあったけど、
意味はとうもも畷も同じで、田圃の中のあぜ道なんだ。いまだに両側
田圃で、風が吹き抜けるとんでもない道でした。
13時32分

   

とうも道は300mほどで、ゴルフ練習場角の与進北小南交差点が近づくと
いい臭いがするぞ~。ケーキ屋さんでもあるのかなと思ったら。
神戸屋
パン工場でした。直売所でもあったら絶対に買いたかったのに、残念。
その隣は、
静岡県立浜松技術専門校です。学校の先でY字路に
なるから大きな道なりに右へ進んでね。
13時41分
 

カーブした先の右側には長福寺があって、入口右に六地蔵がありました。
お寺は延宝四年(1676)の開創というので、後ろの古い六地蔵さまは
江戸時代の旅人も拝んだろうね。ここの二代目住職の北堂和尚さんは
木綿の栽培を普及させるのに頑張った人で、村人から慕われていたんだ。
お寺の向かいのおおのき薬品の隣にはひっそりと
小池一里塚跡があるよ。
13時46分


姫街道はふたたび左にカーブし、小池町交差点(写真左)を横断します。
次の信号の交差点で街道は真っ直ぐ
大養禅院の門前を通って、
右折するようなのですが、その先の旧道がよく分からなかったので
ボクたちは右へカーブしながら自動車学校を目指しました。
13時50分


交差点から南を望むと、あのアクトタワーが正面に見えたよ。もう東海道とは
5kmほど離れてしまいました。
13時50分


両側のパチンコ店を過ぎると、右に遠鉄自動車学校浜松校が現れて、
その先の踏切が今日のゴールの遠州鉄道の自動車学校前駅だよ。
とっても狭いホームで待っているとすぐ電車が来ました。今日はここから
浜松で東海道線に乗り換え、磐田へ戻り、車で自宅に帰ります。
今度はゴールデンウィークを予定しているので楽しみだね。
14時00分


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