霊峰は富士山ではなく、13年前にパパが昼食をいただいたスナックでした!


国道1号線を進んできたけど、ここ
辻町のY字路で右の旧道へと入って行くんだ。
と歩いていたら、パパが驚いた。「10年前に昼食をいただいた店はここでは?」
見ると、
霊峰というスナックがありました。もちろん準備中だったけど、パパは
お店の中に消えました。
10時39分


出てきたパパは、お店の人たちを連れてきました。確かに13年前の1998年12月15
昼食をいただいた店でした。右の古い写真をお店の人に見せたら、私だと言ってくれたのは
左の写真の左端のママでした。お店もすっかり新しくなっていたけど同じスタッフ・同じ
店名で営業を続けてきたんだね。ボクも少しうれしくなりました。ボクが大人になって
友達と歩いてきたら、お昼ごはん食べさせて下さい。


Y字路の真ん中にあるのは、ほそいの松原の碑。江戸時代にはここから360m
に渡って206本の松が植えられていて旅人は木陰で休むことができたんだ。
でも、太平洋戦争のとき松根油(飛行機の燃料)をとるためみんな切ったんだって。
そのほかにも
無縁さんの碑というのが新しくできていました。戦争のとき松の根を
掘り起こしたときたくさんの人骨が出てきました。それは東海道を旅した人が
行き倒れになって村人が松の根元に埋葬したものでした。それを供養したのがこの碑です。
10時47分


8分ほど進むと、左に小さな案内板が、見るとここが江戸から42番目の
辻の一里塚跡でした。案内板が無かったら通り過ぎるところだったよ。
案内板も小さくて見過ごしそうだから気をつけてね。
大きな通りが出てきたら
江尻東交差点です。角のセブンイレブンが
目印だよ。左へ行くと260mでJR東海道本線の
清水駅だよ。
右へ100m進んで庄司産婦人科の先を左に入るとボクたちの宿
しのぶ旅館です。昨日はここまで来る予定だったけど、高速が渋滞で
出発時間が遅くなり断念したんだ。だから今日は静岡駅までの長丁場なんだ。
11時03分


江尻東から少し進むと右側に木内もつ焼店があったよ。ママは宿からも
近いので、今夜はこのお店で夕食にしようとうれしそうでした。江尻東から
560m行くと、交差する道が
レンガの道の十字路が出てくるよ。ここを
右折するのが旧東海道だよ。うっかり進んで川が出てきたら戻ってね。
11時19分


右折するとこんな街並みになるよ。よく見ると歩道の上にビルがはみ出してるよ。
屋根の付いたアーケードってのはよく見るけど、ビルがアーケードになっている
この町並みは初めてだね。連休なのでシャッターが閉まっているのか、あまり
人通りも無くて寂しい商店街です。
11時20分


そんな商店街の真ん中ほど、スナックエマルジョンの前に江尻宿の
スタンプが置いてありました。何の看板も無く置いてあるところをみると
もしかして
本陣はこの辺にあったのかなぁ。
江尻宿案内板にも本陣は出てきません。
11時22分


なぜか鯨の彫刻が出てきてボクたちはご機嫌です。
銀座通りも380mこの交差点で終わります。真っ直ぐ進むと
清水江尻小学校前の稲荷神社境内に
少年サッカー発祥の地碑が
あると案内板にあったけど、まだまだ先が長いので、
寄らずに進みます。街道はここで左折して巴川に向かいます。
江尻は巴川の河口にできた街だから江尻っていうんだって。
11時28分


カッパ伝説のある稚児橋で巴川を渡るよ。昔、この橋が完成したとき
街の偉い人が渡り初めをしようとしたら、いきなり子供が出てきて
その人より先に橋を渡って、川に飛び込み消えちゃったんだって、
街の人はきっとカッパの仕業だと思い、それから江尻橋は稚児橋に
なったんだよ。今でも誰もいないときにカッパ出るのかなぁ。逢って見たいね
11時29分


カッパは橋の4隅にあって、みんな違うポーズなんだ。ボクたちは
どこかに潜っているんじゃないかと、川の中を真剣に探しました。
11時31分


橋を渡って左へ行くと、河童のこしかけ石があったよ。駿府城を作るとき、
伊豆から運んできた石垣の石をここで巴川に落したものが平成三年の
台風のとき発見されたんだよ。街の人たちはきっと河童が座った石じゃ
ないかと思い、河童のこしかけ石となったんだ。ボクたちも座って河童になります。
11時33分


稚児橋から2つ目の信号があるY字路だよ。東海道はここを右へ
進んで府中に向かいます。ここから1500m東海道線の踏切まで
真っ直ぐに進んでゆくよ。
11時36分


少し進むと江尻宿木戸跡の碑があったよ。これは多分西木戸だと
思うんだけど東木戸ってあったっけ。分からないで通り過ぎちゃった。
その先には是より志ミづ道と彫られた
追分道標があります。清水湊との
分岐点だったんだ。その隣が東海道でも有名な追分羊かんのお店だよ。
11時39分


元禄八年創業の追分羊かんに到着したよ。やっと座って休めそうだね。
11時50分~12時05分


中は羊羹食べながらゆっくり休憩できる椅子があってホッとしました。


初めて食べたママは、こんなに美味しい羊羹初めてと感激していたよ。
みんなで一口羊羹をかっていただきました。普通のと栗入りがあったよ。
ママは友達に買って帰らなくちゃって言って大きいのを飼っています。




ボクたちは店内に飾ってあったチビまる子ちゃんの色紙を発見して
大喜び、なんでまる子の色紙があるのってパパに聞いたら、
まる子ちゃんが住んでいる町だからだよって、初めて知りました。


清水の次郎長は、森の石松の恨みを晴らすため、ここで遠州都田の吉兵衛を討ったのだけど
街の人は討たれた吉兵衛を哀れんで供養塔を建てたんだ。清水の次郎長って誰?
その先には金谷橋があって、こんな説明があったよ。昔この橋は土でできていて重い
牛は橋を渡らず、土手を降りて川を渡り、また土手を登って街道に戻ったんだ。
その道を
牛道といって今でも名残を留めているんだよ。
12時10分


1500m歩いて東海道線と静鉄が通る踏切です。踏切を渡れば狐ヶ崎駅、今日のお昼は
景色の良い外で食べるからねってパパはお弁当買いにコンビニに入ってゆきました。
12時15分


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