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由比駅から170mでバイパスと合流するけど、その手前に横断歩道橋に 薩埵峠への案内板があるよ。ちゃんと歩道橋を渡って旧道へと入りましょう。 12時51分 |
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歩道橋を降りると薩埵峠まで3kmほどの登り坂になるよ。ここが標高27m。 薩埵峠は107mあるから、標高差80mだよ。寺尾沢橋を渡ると峠まで 3.0kmと2.9kmの案内板があるよ。どうして100m違うんだろう。 12時56分 |
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5分ほど行くと、見どころが少しある道に来ました。正面にある青い看板がある家は あかりの博物館だよ。パパは何か一生懸命見ているけど何があるんだろう。 12時59分 |
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パパが見ていたのは名主の館小池邸の案内板でした。 その案内板はこれです。 ![]() 月曜日以外の9時30分から16時30分の間は自由に観られるから寄ってね。 その隣にあるのは時計がついた掲示板です。この集落には いくつか同じ掲示板があって、横を見ると、昭和五年十二月って 書いてありました。ボクたちのおじいちゃんと同じごろの作品なんだ。 13時01分 |
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歩いて行くと、道ばたで日向ぼっこしていたおじさんに呼び止められました。 「ほら、ぼうず食ってゆけ!」とおじさんがくれたのは乾かしている最中の 桜えびでした。もらって食べてみたら香りが良くてとっても美味しかったよ。 お替りもいただいてすっかり桜えびのファンになりました。おじさん有難う! 13時05分 |
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線路際へと降りて行く道と分岐すると坂はだんだんきつくなるよ。 坂の上を歩いているおじさんは今日最初に出会ったおじさんなんだ。 少し登ると平らな道になり、左側に海が良く見えるようになります。 13時07分 |
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今年の春漁の初せりは4月6日でした。翌日にはテレビ東京土曜スペシャルの ロケで、サッカーのラモスさんが来たんだって。ボクたちも満員で40分も並んで やっと春漁の桜えびに出会うことができたよ。これがくらさわやメインのかき揚だよ。 |
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シーズンに入ったばかりなので、こんな新鮮な生の桜えびも食べることができました。 パパは東海道を歩くたびに来ている店だけど、ボクたちは初めて味わうことができました。 かき揚定食は1575円、パパは生桜えびのついたミニ定食1980円をボクは まぐろずけ丼1575円を頼んで、みんなでいろいろな味を楽しんだんだよ。 |
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お店の前は、次々とお客さんが来て店の外の椅子で待っています。 ボクたちは大満足で峠に向けて出発です。 13時12分~14時21分 |
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くらさわやの先、西倉澤地区は間の宿で、面影があるよ。石垣の上に 変な鏡餅のような石があったので記念撮影です。 14時27分 |
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左が川島本陣、右が柏屋脇本陣だよ。本陣といっても間の宿なので大名が休憩したところ なんだ。脇本陣には明治天皇も休憩されたって書いてありました。またこの先を行くと みかんの畑がビワの畑に変わって行くのだけど、そのビワは、この脇本陣に療養の 為の泊まっていた静岡県令の大迫貞清さんが倉沢の気候風土が郷里の九州と似ていた ことから九州のビワの種を取り寄せ植えたことから盛んになったんだって。 14時33分 |
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国道に下りる道と分かれると、傾斜は更にきつくなって凄い登りになるよ。 14時36分 |
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その急坂の入口にあるのが倉沢一里塚跡だよ。峠まであと1.3kmだって。 ここからは民家も無くてひたすらみかん畑とビワ畑の中を登って行くんだ。 傾斜が急なので角度を測ってみたら9.5度しかありませんでした。 まだ 14時37分 |
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佐武が撮った薩埵峠の写真です。東名高速と東海道本線が峠下のトンネルに消え 海岸沿いには国道1号線が走っているよ。海の向こうには三保の松原も見えます。 トンネルの上の建物が見える辺りが峠の駐車場だよ。そこから水平にトラバースして この山の向こう側まで東海道は続いているんだね。 14時44分 |
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振り返ると、愛鷹山から箱根連山、伊豆半島と大パノラマが広がります。 しかしボクたちが気になったのは、海の真ん中にある赤い海? くらさわやのお姉さんに、「あれが桜えび?」って聞いたら「わかんない」って。 あとで今夜の宿のニュースを見て分かったんだけど、今年初めての赤潮 なんだって。昔は海の富栄養化が原因とされていたんだけど最近では 干潟の減少も一因という研究成果が出ているんだって。いずれにしても 人間のせいで海が苦しんでいるんだね。放射能で汚された福島の海は大丈夫かなぁ 14時45分 |
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ここに集めた写真は佐武が一生懸命に撮ってたみかん畑のモノレールだよ。 みかん畑は急な傾斜にあるため、収穫や作業を行うのにこのモノカーが 必需品なんだ。でも後継者がいなくなってしまったのか、朽ち果てたモノカーも 多く、ちょっと寂しい感じがしました。しかし佐武は何枚とったの? |
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やっと薩埵峠の駐車場に着きました。ここにはトイレもあるので休憩です。 佐武が変な棒を見つけて剣士の真似です。この変な棒は古くなったゴルフのクラブや スキーのストックで、先を取り外して黄色く塗られています。峠の上り下りに 使って下さいと、誰でも使えるように篭に入っています。峠を下った興津川の手前 にこの杖を作っている家を発見。昔は無かったとパパは言っているので最近始めた ボランティア活動なのかなぁ。しかし佐武は休憩なのに剣士になって飛び跳ねてるよ。 15時05分 |
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ここが有名な薩埵峠の展望台からの眺めだよ。生憎天気は良いのに 富士山は雲の中、残念だ~。 15時16分 |
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ここからは峠道も平らになって10分ほど進みます。その間には いろいろな薩埵峠の碑や東屋もあり、車で来ている人もいなくなるので 静かに峠を楽しむことができるよ。ここでお弁当ってのも良かったかも。 15時27分 |
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急な階段を下りてゆく道は下道・中道への入口。走って降りて行くボクたちに 後からパパが、そのまま海まで落ちちゃうから走るなって怒りました。 パパは昔の木の無い崖の上の道(写真右)を思い出していたから、怒ったの だけど今は木がたくさん茂って、そんなに怖いとは思いませんでした。 昔の写真をみて、なるほどとびっくりしました。まったく木が無くて崖です。 15時29分 |
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空中を行くような階段の道から、今度はトンネルのような暗い道へと入ってゆきます。 それを抜けると明るい場所に出るのですが、そこにはたくさんのお墓が・・・。 海岸寺の墓地の真ん中を東海道が横切ってゆきます。先にはトイレもあって休憩にいいよ。 15時31分 |
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舗装路になると道は一直線に老人ホームきよみの里へと伸びてるよ。 真っ直ぐ行っても行き止まり、この坂下の十字路を曲がるんだよ。 右に行けば瑞泉寺経由の中道、左は海岸寺経由の下道だよ。 ボクたちは距離の短い下道で行くことにしました。 15時38分 |
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下道は白髭神社と海岸寺の下を巻くように下ってゆくよ。狭い道なので不安に なるけど、抜けられるから安心して進んでください。途中海岸寺の六地蔵が あるけど、境内には百体観音があるんだって。大正4年の台風で写真に写っている 集落が全滅したんだけど、この観音様のおかげで住民は全員無事だったんだって。 今度は津波が心配だけど、薩埵峠のほうへ逃げれば大丈夫だね。 15時42分 |
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坂から降りると小さな小屋にこの先行き止まりって書いてあるよ。そのまま進むのが 東海道なんだけど、踏切がなくて渡れないので、ここで線路を渡りましょう。 国道を130m歩いたら右の旧道へと入ってください。 15時45分 |
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興津川橋を渡れば、今日のゴールの駅も間近、昔2回もこの橋を渡ったパパは 「あれ景色が変わった」と言いました。どうやら真ん中の大きなビルのことを 言っているようです。あれは駿河健康ランドという施設なんだ。清水の旅館の おばちゃんも、安くて設備の整ったこの施設に労働者を取られたと嘆いていたよ。 15時47分 |
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興津川の上陸地点は興津川橋より北の線路の辺りなんだ。ボクたちは忠実に その道を選んで進みます。あとから来た人たちは,そのまま歩いたので 2回追い越すことになりました。でもこの人たち街道ウォーカーじゃなくて 付近の山へ登ってきたハイカーなんだって。そういえば雰囲気違うね。 15時58分 |
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国道に合流すると、国道52号線の始発点、身延山道の分岐と続き、 忘れられたように興津一里塚跡(写真左)があったよ。そこを過ぎれば もう今日のゴールの興津駅だよ。大渋滞で歩き始めが遅かったけど なんとか夕方までにゴールすることができました。では又明日。 16時11分 |
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