ゴールデンウィークの由比には、がんばろう東北の鯉のぼり!

第17日目 2011年4月29日

平均気温15.7℃ 最高気温22.0℃ 最低気温10.5℃ 平均湿度44 % 風速2.2m/s 降水量0.0mm 日照時間12.0時間
気象庁電子閲覧室より引用


今年のゴールデンウィークは5月2日と6日を休めば10連休の大型連休なんだ。
週間天気予報とにらめっこして、パパは初日の29日と30日に決めたんだけど
東名高速は、清水まで合計4時間の大渋滞。国道246を、御殿場から国道469
に入って富士サファリパークをかすめて、県道72号線を下り富士総合庁舎前に出て
旧国道で新蒲原まで4時間できました。駅前のメガマートに車を置いて一つ先の
蒲原駅へ戻ってきたよ。前回はここで足が痛くなって進めなかったボクだけど
今日は絶好調、天気もいいので頑張って歩きます。
11時13分


蒲原駅は蒲原宿の外れで、歩き始めるともう由比名物の桜えびのお店が出てきました。
この辺りには
路地が多くて、どの路地も綺麗に掃除されていて住んでいる人の
誇りの高さを感じました。今日はとっても天気がよいのと連休のせいか
街道ウォーカー
たくさん会う事になります。その最初の人がこのおじさん。一人で西を目指していました。
途中で道を間違えたりして、何度か追い越されたよ。
11時20分


駅から10分ほど行くと東名高速の下をくぐります。この左に松下魚店があって、
佐武は
イルカスマシ有りますかって聞いたら、魚屋のおじさんが有るよって!
ボクたち何でイルカスマシ知ってるのって聞かれちゃった。帰りに車でこのお店に
寄って500円のパックを4つもお土産に買って帰ったよ。東名高速をくぐると
すぐに道が
Y字路になって分かれるので、左の旧道へと進みます。
11時27分


旧道に入るとすぐに由比宿まで600mの案内板があって右側には神沢川酒造の煙突が
高くそびえています。パパは甲州街道のように試飲できないかなってぼやいてました。
11時30分


ちょっと進むと見落としてしまいそうな案内板と石碑、ここが由比新町一里塚跡だよ。
ここは江戸から39番目の一里塚で、寛永年間に山側の松が枯れたので、良用軒清心
というお坊さんがここに十王堂を建てたんだ。しかし明治の廃仏毀釈で廃寺となり
中にあった閻魔様は本陣裏の延命寺に祀られたんだって。
11時34分


進んで行くと道が行き止まりのように感じる枡形に出ました。ここは由比宿東枡形跡
昔は木戸があったんだよ。ここから由比宿が始まります。
11時36分

  
 昔の商家
 (志田氏宅)
 江戸から京へ上がる旅人が、蒲原から由比へ
 入る時、ここは当初の由比宿の東木戸で、枡形
 道路の形態をとどめている。
 志田宅は家歴も古く、屋号「こめや」を名乗り、
 家のたたずまいも昔の商家の面影を残している。
 入口(どまぐち)を入ると帳場、箱階段等が残って
 いる。

 平成十六年三月
 由比町教育委員会

 
 御七里役所之跡
 江戸時代西国の大名には江戸屋敷と
 領国の居城との連絡に七里飛脚という
 直属の通信機関を持つものがあった。
 此処は紀州徳川家の七里飛脚の役所
 跡である。同家では江戸和歌山間584
 キロに約七里28キロ毎の宿場に中継ぎ
 役所を置き5人1組の飛脚を配置した。
 主役をお七里役、飛脚をお七里衆といっ
 た。これには剣道弁舌にすぐれたお中間
 が選ばれ昇り竜下り竜の模様の伊達半
 天を着て「七里飛脚」の看板を持ち腰に
 刀と十手を差し御三家の威光を示しなが
 ら往来した。普通便は毎月3回江戸は五
 の日、和歌山は十の日に出発道中八日
 を要した。特急便は四日足らずで到着
 した。幕末の古文書に中村久太夫役所、
 中村八太夫役所などとあるのは由比駅に
 おける紀州家お七里役所のことである。
 この裏手に大正末年まで七里衆の長屋
 があった。         静岡民俗の会

11時38分

現代の由比本陣跡は由比本陣公園となっているよ。パパが最初に訪れた1987年には
まだ石碑が建っているだけの場所だったんだって。今では、公園の中に東海道由比交流館・
東海道広重美術館・由比本陣記念館御幸亭などが建っていて広い庭もあるんだよ。
早速入ってみましょう。
11時41分~ 11時55分


まずは東海道由比宿交流館へ、ここには五重塔や豊積神社のお太鼓祭りの展示があります。
またコーヒー飲んで休憩もできるよ。


奥には宿場の絵図と模型もありました。外へ出るとようこそ由比への書割があったので
早速ボクたちも顔を出して写真を撮ってもらいました。


一番奥にある建物が由比本陣記念館の御幸亭だよ。ここは明治天皇が3回も来て
休まれたところなんだよ。中には茶室の「結仁斎」や水屋がある純和風建築なんだ
とても素敵な家だったけど、ボクたちには庭で駆け回るほうが楽しかったんだ。


本陣外に復元された馬の水飲み場には大きな亀さんがたくさん居ました。
みんな赤耳ミシシッピィ亀なので、緑カメもこんなに大きくなるんだとママはビックリ。


ここは江戸の軍学者由比正雪の生家の染物屋で正雪紺屋という建物だよ。
正雪は活発な子供で17歳のとき江戸に奉公に行ったんだ。そこで楠木正辰
という軍学者に弟子入りし才能が爆発したんだよ。江戸で評判になる塾を
開いていたんだけど、浪人の不満を聞いているうちに幕府の転覆を計画し
告げ口されて奉行に捕まり自決したんだ。ここにいた両親も処刑された悲劇だよ。
11時54分


本陣のとなりでは、桜えびクリームコロッケを売ってるよ。
始めたばかりの新しいお店で、本当に桜えびの香りがして
とっても美味しいコロッケだよ。
メニューは
桜えびクリームコロッケ・・・・・・・・120円
しらすとアサリのコロッケ・・・・・・・120円
まぐろのメンチカツ・・・・・・・・・・・・・120円
えびせん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・100円

だよ。
12時00分


コロッケ屋さんの向かいにあるのは明治の郵便局舎(平野氏宅)だよ。
明治四年三月郵便制度が始まり御七里役所の飛脚屋さんは由比郵便取扱
役所となり明治八年由比郵便局となったんだ。この建物は明治39年に
平野氏が自宅に郵便局を新築したものだよ。昭和二年まで使われていました。
12時00分


郵便局のとなりにあるのはおもしろ宿場館。お土産や
桜えび料理が食べられる海の庭と言うお店もあって休憩に便利だよ。
お店の入り口には、10年前からある弥次さん喜多さんの人形が
ボクたちもお人形さんと同じポーズを決めてみました。
12時02分


先へ進むと由比川があるけど、その手前が由比宿西木戸跡だよ。
この鍵の手を曲がって川へ降りると、仮の板橋が架かっていて
これを渡って次の宿場へ向かったんだ。だけど川が増水したときは
橋が外され川止めとなったんだよ。ボクたちは魚を見つけたので
川まで下りてみました。小さな魚がたくさん泳いでいました。
その向こう側はもう海です。海で遊びたかったけど、渋滞で時間切れ。
12時10分


西木戸枡形を良く見ると本道から左へ外れ川で行き止まりになって
いるけど、
本当の東海道はその左の道なんだ。橋を渡ったら左の河原から
橋の前方に出る道があって旧道と言うことが良くわかります。
そこには桜えびの原浦商店の加工場があるので目印になるよ。
12時12分


由比川を渡ると北田・町屋原・今宿と街並みが続きます。
ここで驚いたのは、どの家も軒下に小さな鯉のぼりを飾っていること。
しかもその鯉のぼりには
がんばろう東北の短冊が付いていました。
大きな幟もがんばろう日本です。今日は2011年4月29日ですが、
この場所を最初歩こうと予定した日は3月12日でした。みんなも
よく知っているように3月11日はあの東日本大震災があってパパも
会社から戻れなくなってしまいました。だから予定を変更して今日歩いて
いるって訳。こんな街道にもがんばろう東北は感動しました。
日本中がつながっているんだよってパパが教えてくれました。
12時17分


JR東海道本線の由比駅が近づいてきたよ。あの旗の向こうが駅で
その上が
薩埵峠だよってパパが言います。あそこ登るのかぁ~。
ボクの足は少々重くなってきました。
12時32分


由比川から由比駅までを由比桜えび通りっているんだけど、駅前にはそのゲート
が有りました。その下は公園になっていて木陰にベンチとトイレがあったので休憩。
ボクたちは小さな遊具で遊びます。パパはもう疲れたって言わせないぞって言いながら
タイヤをグルグル回してくれました。本当にボクたちは元気いっぱいです。
12時40分


駅前が街道になっていてとても便利な駅が由比駅だよ。駅のとなりには
パパが1987年6月26日に泊まった
見晴旅館があります。パパが泊まった
時は二階建の小さな旅館だったんだって。2人で大瓶ビール10本も
飲んで当時の女将さんを驚かせたんだって。今はとても綺麗な旅館です。
12時49分


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