南側から見る富士山は、歩くにつれその姿を変化させます!

第16日目 2011年1月7日

平均気温3.4℃ 最高気温8.6℃ 最低気温-0.4℃ 平均湿度41 % 風速2.3m/s 降水量0.0mm 日照時間9.1時間
気象庁電子閲覧室より引用


8ヶ月ぶりに東海道へ帰ってきました。中々全員のスケジュールが合いません。
前回に続き天気がよく、寒い日でしたが、何処へ行っても富士山が綺麗に見えました.。


吉原宿は昔JRの吉原駅近くにあったけど、寛永年間(1624~1644)に左富士手前、
天和二年(1682)に現在の吉原本町駅から続き商店街のあるところに引っ越しました。
それは高波の被害が大きくて、だんだん内陸部へと引っ越したので、不自然に
迂回するようなルートになってしまったんだよ。今日のスタートは、その吉原本町駅。
駅前にこの看板があるから見て行ってね。


それじゃあ、8ヶ月ぶりに戻ってきた
吉原本町駅から出発するよ。今日はとても寒いので
暑がりのボクたちもコートを着て手はポケット姿だよ。駅前を出発して最初の交差点から
右を見たら、真っ白で大きな富士山が早速現れました。今日は富士山と一緒に歩くよ。
8時53分


吉原本町駅から、吉原のアーケード街を580m進むと左側に静岡銀行吉原支店があるよ。
その向こう側にはバスターミナル中央駅があるので、そこまでは行かないで、
その手前の交差点を左に入るのが旧東海道だよ。150m行くと右の写真の妙祥寺の
南無阿弥陀仏の石碑に突き当たるからここを右折して進みましょう。
9時03分


県道22号を西へ5分行くと右側に木下石材店があって店先に
ミッキーとミニー
立っていました。この前はドラえもんとピカチュウーだったね。この辺には石屋さんが
多くて、いろいろな石像が観られて楽しいよ。でも誰がこの石像を買うのか
心配になってしまいました。
小潤井川を渡る直前にあったのは、西木戸跡だよ。
昔ここが吉原宿の西のはずれだったんだね。川を渡れば日本橋から142kmです。
9時15分


錦町北で国道139号線を渡ります。そのとき右へ目を向けると裾野から頂まですっきりと
富士山が顔を出しました。ここから頂上まで23kmだよ。
9時16分


錦町の交差点は昔、国道を斜めに突っ切って黄色いビルの向こう側の旧道と
真っ直ぐだったんだけど、道が整理されて今では旧道の場所に黄色いビル
が建っているので、赤いルートに沿ってビルの向こう側へ回り込みます。
富士市役所前の広い通りへ入ったら右の写真の交差点を左折し斜めに
旧道へと入ってゆきます。木の向こう白い大きなビルが富士市役所でパパが
20年前に地下の食堂でお昼ごはんを食べたところなんだって。その当時は
田圃の中に市役所だけが建っていたのにずいぶん変わったと驚いていたよ。
9時20分


富士市役所から旧道を真っ直ぐ550m進むと高島の交差点です。ここは五差路
なっているので注意してね。交差点から右斜め前の道、左に
小林木工所
観ながら西へと進みましょう。そこから200m進むとこの場所に着ます。
静岡40km、富士川7kmの道路案内板が目立ち、思わずそのまま進みたく
なるけど、
旧東海道順路の案内板の指示通り右の小径へと入るよ。
9時34分


入ったら88m地点の交差点を左折です。ここにも旧東海道順路の案内板が
あるよ。正面に見えてきた大きなビルは
市立中央病院だよ。左折すると
すぐに
潤井川を富安橋で渡ります。後にさっきの病院が見え、その向こうに
富士山は隠れてしまいました。
9時37分


富安橋を渡って5分ほど進むと右側の塀の中に、蓼原の単体道祖神、別名袂の道祖神
(さえの神さま)がいました。ちょっと変わった帽子をかぶった道祖神で、信心深い佐武は
さっそくナンマイナンマイと拝み旅の無事を祈願しています。
9時42分


この道は県道を1500mに渡って迂回する旧道で、加島の旧東海道と呼ばれているよ。
塔の木の交差点で右を望むと又綺麗に富士山が見えたよ。そこから5分行くと
左側に
静岡県富士総合庁舎があるよ。寒くてトイレに行きたくなったボクたちは、この
庁舎に入ってトイレを借りました。中はとても温かくて外に出る気持ちがくじけそう。
9時53分


富士総合庁舎の外れまで来ると、右側が田圃で景色が開け、富士山が綺麗に見える
ポイントがあったよ。街道は建物が続き、交差点や橋の上からでないと富士山は
隠れてしまうけど、こんな場所もまだあります。10年後にはなくなちゃうね。
9時58分


下堀を渡る直前、左側の民家の玄関先にあったのが、鶴芝の碑だよ。ここには昔
鶴の茶屋があって、ここから富士山を眺めると中腹に一羽の鶴が舞っているように
見えたので、これに喜んだ京都の画家蘆州が鶴を描き、江戸の学者亀田鵬斉が
詩文を添えて日としたんだよ。富士市内では貴重な文化財なんだ。
下堀を渡ると、左に妙な蔵を取り込んだ民家の先で大きな道路に突き当たります。
よく観ると中央分離帯に生垣が植えられてここ横断する旅人を遮っているよ。
傍らには「迂回してください」の案内板と
旧東海道跡地の碑が建っています。
仕方がないので、右へ進み横断歩道で向こう側へ進みました。
10時03分


大きな道路を渡ると旧東海道の角にクロンボと言うレストランがありました。今まで10時前で
どこのレストランも開店時間前だったので、朝食が食べられませんでした。ボクはもうお腹
ペコペコで、進む気がしなかったけど、ここは年中無休で朝8時から開店しているので
助かりました。早速入って大きなカレーライスで朝食です。佐武はホットケーキだよ。
10時06分~33分


クロンボの先で県道396を横断するよ。県道を進まず真っ直ぐ旧道へ入ってね。
入口には
間宿本市場の標柱が建っているよ。ちょっと進むと正面に一里塚跡が
ありました。これは
本市場の一里塚跡で、今は何も無い花壇になっていました。
10時38分


富士第一小学校に沿った道にはきれいな用水路が流れています。その先で道路の上に
高架橋のようなものがあったので、何かと近寄ってみたら富士駅から北へ延びた
商店街のアーケードでした。南へ450m行くとJR東海道線の富士駅だよ。
10時40分


この商店街600mもある長い商店街だけどシャッターが閉まっているお店が多く、
この前遊びに行った東京の谷中商店街のような溢れる人の活気がないよ。
みんな車で郊外のショッピングセンターへ行っちゃうんだろうね。通りが広いから
片側の一方通行にして、
空いた方を全て駐車場にすれば、良いとボクは思いました。
10時45分


商店街を抜けて正面に見えてきた白い大きなビルはFUJI WHITE HOTELでした。
このホテルには、案内板があってここは昔
駿河の大地主松永さんちだったんだって。
松永さんは甲斐から引っ越してきて、宝永・文政のころから土地を買い続け、静岡県
でも有数の大地主になったんだ。明治天皇の御東行の際も小休所として使われました。
安政4年に新築された屋敷は、富士市博物館のふるさと村のなかに移設され保存されているんだよ。
その先のお堀の角には、
平垣札の辻跡があったよ。この辺には800年前実相寺という
49院500の僧坊を持つ大きなお寺があり、この南の端がここ札の辻だったんだよ。
4km四方の境内で、当時は西の比叡山、東の実相寺と呼ばれるほどの名刹だったんだ。
今ではこじんまりとしてここから北西に2.6km離れた富士川畔にあるよ。
10時50分


日本橋から146kmポイントは、旧道から県道に合流する地点。そこには天白神社があって、
ブランコがあったから、ここで休憩することにしました。天正13年に建てられた本社は彫刻が
立派で、村社としてはずいぶんお金がかかった造りです。そんなこと関係なく、ボクと佐武は
ブランコでどちらが大きく漕げるか競争だよ。
11時06分


天白神社の前は静岡鉄道身延線の柚木駅だよ。東海道はこのガードをくぐって進みます。
駅舎は、左側のガード下に隠れるように入っているんだ。街道に近いので
ウォーカーには便利な駅だよ。でも本数が少ないから確認してね。
11時14分


ガードを抜けると160m
橋下の交差点(写真左)、この先で街道は右へ入るんだけど
間違ってこの交差点で曲がらないでね。東海道は更に160m進んだ
道標と常夜灯
ある角を右へと入ります。地図を見てると間違えやすいので、おなじみの道標を探してね。
11時19分


旧東海道は420m続きます。入ってすぐの交差点は左折してね。正面には高い土手が
見えてきます。これは
雁堤(かりがねづつみ)といって、1674年古郡親子三代が50年
かかって造った長堤で、富士川の水防用として今でも国土交通省の管理で使われて
いるんだ。この堤を造るとき、この街道を通った千人目の旅人が生贄に活きたまま
埋められたんだって、今では護所神社として祀られているよ。
11時20分

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