初めての1泊2日は、平次の熱と初日の雨に参った参った!

第12日目 2009年11月2日

平均気温13.3℃ 最高気温17.3℃ 最低気温7.9℃ 平均湿度 % 風速0.9m/s 降水量0.5mm 日照時間0.2時間
気象庁電子閲覧室より引用

この年、新型インフルエンザが猛威をふるって、ボクたちの学校も学級閉鎖が
相次ぎました。出発の前日ボクも熱が37.7度あって、宿をキャンセルするかパパは
悩みました。しかし、当日の昼近くになって熱が下がってきたので、急遽出発、
だいぶ遅いスタートになりました。


小田急線と箱根登山バスを乗り継いで、前回ゴールの畑宿に着いたのは13時でした。
お腹がすいたので、
あんの茶屋へ寄って腹ごしらえです。ボクと佐武はのりもちを、
ママは手作りおはぎお茶セットを頼みました。10年前には有ったけど、20年前には
無かったような気がするってパパが言ったら、お店のおじさんが16年前に出来たんだよって
教えてくれました。パパはいつもここへ来るときは天気が悪くて、この店はオアシスだって
言っています。今日も寒くて雨上がりで、暖かいお店の中に入るとほっとしたよ。
13時06分~13時30分


茶屋を出て進むと車道はUターンするように曲がって行くけど、その正面に旧道の
入口があるよ。ここからいよいよ箱根八里の急坂が続きます。旧道へ入ってすぐの
ところに
畑宿の一里塚があるよ。日本橋から23番目のこの一里塚は、江戸時代の
原形を留めた珍しい一里塚なんだって。両側に昔のままの姿で残っています。
13時32分

大きな画面      印刷用画面

箱根峠越えは、距離30km、標高差800mの東海道で一番の難所だよ。
碓氷峠も標高差は800mだけど上り下りの距離は箱根のほうが長いんだ。
今、畑宿を出発したボクたちは、これから一番急な坂を登って甘酒茶屋を
目指すよ。坂が気になる人は印刷用画面をクリックするとPDFの高低図が
出てくるから、持って行ってください。


箱根峠越えの大変なのは、この
石畳です。今日も雨上がりで滑りやすく
この坂を登るのに苦労したよ。普通のアスファルトのほうが滑らないし
歩きやすいと思うんだけど、町の人たちが昔の雰囲気を再現してくれたので
感謝しながら登ったよ。ボクも佐武も、転ばないように歩くのが上手になりました。
13時34分


展望が開ける橿の木坂までは、旧国道沿いの歩道と階段の連続です。
上空には箱根新道が通っていて、交通量は多いけど、この旧道は少ないので
比較的安心して歩けました。昔パパが来たときはローリング族の遊び場と化し
コーナーにはヘッドランプやバンパーなんかの残骸がたくさん落ちていたんだって。
13時50分


橿の木坂に出ると、展望が開け小田原方面が良く見えるよ。歩道もしっかりしているし
傾斜もすこし緩くなったので楽しい気分になりました。この写真は佐武の作品、上手だね。
13時53分


バス停のところから、再びコーナー三つ分を階段でショートカットしながら登ると、
見晴橋の分岐(写真上中)に出ます。ここでは真っ直ぐ登らないで、左の元箱根
方面へ曲がりましょう。すぐに
見晴茶屋への階段(写真上右)が右側に現れます。
見晴茶屋は車道沿いにあり、街道を行く人はこの長い階段を登らなければならないんだ。
階段を見たらくじけてしまい、先へ進むことにしました。緩やかな坂を進むとやがて
猿滑坂が出てきます。『新編相模国風土記稿』には「殊に危険、猿猴といえども、
たやすく登り得ず、よりて名とす。」
って書いてあるんだって。そんな危険な坂も
今は階段が出来ているから、ボクたちでも安心して上れます。登りきると車道で
階段はまだまだ続くよ。
14時30分


ここが猿滑坂の上だよ。ここまで登れば、あとは甘酒茶屋まで、緩い坂になるから
楽になるよ。後ろの階段を登ってきたんだけど、5分くらいは本気で登らないと着かないよ。
14時36分


旧国道の歩道へ降りて3分行くと、右側に追込坂の標識が出てきます。ここを入って
緩やかな坂を行くと6分ほどで甘酒茶屋に到着するよ。写真は
町立旧街道資料館
トイレも完備しているけど、日暮れまで時間が残されていないボクたちは茶屋へ急ぎました。
14時46分


やっと着きました、甘酒茶屋です。資料館は寄らなくても、ボクたちには休憩が大事なんだ。
ここでは味噌田楽を頼んで、お茶を飲みながらいただきました。とっても美味しかったよ。
もちろんお土産も箱根細工のキーホルダーを買ってもらったよ。江戸時代もこの付近に
茶屋があって、小田原城へ下る大名たちで賑わったんだよ。今日も車で来た人で満員でした。
14時47分~15時02分


茶屋を出ると440mで旧国道を横断して、最後の登りになります。この登りは、今までの
登り坂と比べると、たいしたことは無いのですが、疲れてきたのか結構辛い上り坂です。
頂上手前には
天ヶ石坂があり、この辺りが日本橋からちょうど100km地点になるよ。
15時22分


石畳の道をドンドン下ると、元箱根まで15分という標識のところで
小さな道路を横断し、なおもU字型の道路を横断すると、権現坂に
なります。この最後の石畳を下ると、突然
木の横断歩道橋が出て
くるのでわたりましょう。歩道橋の下にはケンペルとバーニーの
碑が建っています。共に箱根を世界に紹介してくれた人なので、
町の人たちは、いまでも感謝の気持ちを忘れないんだよ。
15時42分


芦ノ湖畔へ下る道へは入らないで、そのまま歩道の無い車道を360m進むと、国道1号線に
突き当たります。右側には湖の対岸に見える
箱根神社の大きな鳥居がありました。
15時50分


国道の反対側は元箱根港の海賊船乗り場です。残念ながらもうすぐ日が暮れるので
諦めて前に進むしかありません。考えてみたらボクたち箱根に観光で来たことが無いんだ。
パパは観光地が嫌いなので、普通の家族みたいに観光やドライブなんてしないから
海賊船もロープウェイも乗ったことがないよ。今度は観光で箱根に連れてきてね。
15時50分


17.身替わり地蔵
宇治川の先陣争いで名高い梶原景季は、
ある年箱根を通りかかった時、何者かに
襲われました。当時弁舌巧みで、たびたび
人をおとしいれた平景時と間違えられたら
しいのです。幸にも、かたわらにあった地蔵
が身替わりになってようやく命が助かりまし
た。それ以来この地蔵を景季の身替わり地
蔵と呼んだとのことです。

鳥居を背に、元箱根港を右手に見て進もうとすると
左手に小さなお地蔵さんがあるのを発見しました。
このお地蔵さんは
身替わり地蔵っていうんだけど
注意しないと気がつかないで通り過ぎてしまう場所
に有ります。佐武はこんな小さなお地蔵さんでも
ちゃんと見つけてナンマイナンマイして行きます。
その先、杉並木の入口には
一里塚跡があったよ。
こっちは目立つからみんな見落とさないね。
15時59分

元箱根港から恩賜公園までの560mは、大きな杉が並んだ杉並木だよ。
明るいときに来れば綺麗な写真が撮れたのに、雨上がりの薄暗い夕方では
まともな写真が撮れないってパパが嘆いていました。でもボクたちは木につかまって
ご機嫌です。おなかも空いて来たので早く宿へ着いてご飯食べたいな。
16時02分


杉並木を出て、国道を渡り、恩賜公園への道を入ってすぐ左へ曲がると
箱根の関所跡につきました。パパは昔来た時より関所らしくなって素晴らしいと
ほめていたよ。この関所は元和五年(1619)に設置され、全国に作られた53ヶ所の
関所の中でも、東海道の新居、中山道の碓井、福島の関所と並んで規模も
大きく、重要な関所だったんだ。特に江戸からの出女の取り締まりは厳しかった
というので、昔だったら、ママは通れなかったね。昭和58年に見つかった慶応元年の
大規模修理記録を元に発掘調査を行って、2007年に今の建物が完成したんだ。
だから前回パパが来た1998年には、この建物が無かったんだね。
もうすぐ閉館と言うのに、案内のおじさんがママの質問に丁寧に答えてくれたよ。
16時15分


再び国道へ戻って500m進むと芦川旧道入口の交差点があります。そこを左に入った
ペンション芦ノ湖グリーンハウスが今夜のボクたちの宿だよ。箱根の町については
明日、パパが早朝散歩で紹介するね。
16時28分


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