2222mの恐怖の車道を行くと、その先には江戸時代の石畳と秋海堂が待っています。


箱根観音福寿院で県道に出ると、その先須雲川自然探勝歩道までの
2222mには、右カーブが9箇所あるよ。この右カーブがとっても危険なんだ。
この写真でも道路の先が右カーブになっているけど、向こうから来る車やバイクが
まったく見えないんだ。バイクのほうも上から気持ちよく走って来て、左カーブを
攻めると、ボクたちが突然現れてビックリするんだよ。みんなもこの道を
歩くときはほとんど歩道のない危険な道なので注意して下さい。
11時49分


最初の右カーブを抜けると右側に展望が開けるよ。手前に見えるのが
南風荘
奥のビルがホテル
おかだだよ。パパは昔会社の旅行で泊まった事があるんだって。
次の右カーブを無事通り抜けると、交通案内板がありました。そこには元箱根9km
畑宿4kmと書いてあるよ。今日はあと4kmでゴールなんだと足が軽くなりました。
11時52分


奥の茶屋の出口にバス停があります。そこから左カーブを曲がると、右側に
広い駐車場がありました。看板には箱根大天狗神社第三駐車場と書いてあるけど
車は一台も止まっていませんでした。次の右カーブ集落の前のバス停が
葛原だよ。
12時02分


5番目の右カーブを抜けると、歩道が出てきて歩きやすくなったよ。しばらく行くと
金きら金に輝く神社が出てきたよ。
箱根大天狗神社別院天聖院って書かれていました。
入口に日本語で「信者の方々はどうぞお入りください」
英語で「I'm afraid you can not enter here」って書いてありました。
中がとても綺麗で面白そうだったので、入ってみたかったけど、ボクたち信者じゃないので
入ることはできませんでした。きっとたくさん寄付した人が信者になれるんだね。
12時11分


神社が終わると、歩道もなくなってしまいました。きっと神社が信者のために
付けた歩道だったんだね。その先で再び歩道が現れました。今度はホテルが付けた
歩道かな。小田急ホテル
はつはなにはレストランつつじの茶屋があって誰でも入れるよ。
ボクたちは川でおにぎりを食べるので、レストランには入らず通過しました。
本当は、ボクたちを連れてレストランに入る勇気がパパとママには無かったんだって。
12時15分


はつはなの先には、最も危険は右カーブ、ママは前から来る車に存在を知らせるため
わざと道路の真ん中に出てアピールします。こうしないと、車は道路際ギリギリに
走ってくるので、ボクたちを発見したとき、対向車が来たら、ブレーキを掛けられず
間違いなくはねられてしまいます。そんな歩き方のコツが、カーブの向こうの車に
先にボクたちがいることを知らせるという方法だよ。中山道で随分苦労したからね。
12時18分


この周辺の集落を須雲川といいます。むかしは、川端とも呼ばれていました。
この場所に集落ができたのは、江戸の初め寛永の頃です。
天下の街道となった箱根道を往来する人々のためまた、道を維持管理する
ために、一定の間隔を置いて集落をつくる必要があったのです。

現代の
須雲川集落の長さは150mほど、戸数は20戸足らずの小さな集落だよ。
バス停こそあるけど、住民の姿は見えず、どうして暮らしているのか
不思議な集落です。外れには須雲山荘バンガローの看板があるけど
シーズンになっても満員になるのか、ちょっと心配なバンガローです。
パパに言わせると、まだ車社会の未発達だった昭和40年代の雰囲気で
ボクたちが毎年行く群馬県上野村のバンガローとは随分違う志向だと。
12時23分


須雲集落の外れには、駒形神社、そして鎖雲寺があるよ。このお寺は江戸の初め
早雲寺境内にあった一庵を引いて建立された禅寺なんだ。境内には
箱根霊験記
勝五郎、初花の墓があるんだよ。勝五郎は妻の初花と父の敵を求めて旅に出るのだけど
足を悪くしてしまい、初花は箱根で返り討ちにあって亡くなってしまうんだ。
初花は亡霊となって滝に打たれ祈願すると、勝五郎の足が治り、仇討ちできたって
話さ、さっきの小田急ホテルはつはなの後ろには
初花の滝があるよ。
12時26分


お寺から150m行くと須雲川を渡る橋が架かっているよ。本当の東海道はこの橋を渡り
すぐ左へ入り、女転し坂を登って畑宿へ向かうんだけど、今は通行不能になっているよ。
ボクたちは、橋の手前から入る、
須雲川自然探勝歩道へ素直に入ってゆきます。
写真で看板を見ているおじいちゃん達は、ここは旧東海道では無いとばかりに橋を
渡ってゆきました。古道にこだわるのは良いけれど、箱根辺りでこだわってもしょうがないじゃん。
12時29分


この自然歩道の手前にはきれいな黄色いトイレが出来たから寄ってね。
あとから到着したさぶとママは早速寄ってました。それから看板にあるように
大雨のときは自然歩道へ行くと須雲川を渡るのが難しいのでここの橋を渡って
畑宿へ向かってください。今日は良い天気なのでボクたちは自然歩道へと進むよ。
12時30分


女轉シ坂は、橋の向こう側だけど、その石碑はここにありました。
自然歩道はこの案内図を見ても、少々遠回りだけど、怖い国道を歩くより
安全なので、また川遊びも楽しみなので、さあ出発しましょう。
12時34分


右下に須雲川を見ながら進むと、丸太の上を飛んで渡る橋が合ったよ。
この橋は、20年前パパが始めて東海道に挑戦したときには新品だったんだって
でも、まったく変わらずその橋が今でも現役でボクたちを渡らせてくれたことに
パパは感動していました。
12時39分


どうです。この緑。林の中を行くと、時々こんな綺麗な風景に出会えることがあるよ。
決してダイナミックな風景じゃないけど、パパは最近こんな風景が好きなんだって。
12時42分


しばらく行くとさぶが面白いものを発見、崖にジャングルジムがあります。
早速、さぶは登り始めたよ。ワイヤーが柔らかくてとても上りやすいよ。
でも、これはジャングルジムじゃなくて落石を防止するネットなんだ。
本当は登っちゃいけないと思うんだけど、凄く楽しくて夢中になっちゃった。
その先には、東京電力
三枚橋発電所が出てきたよ。ここで街道は直角に
右へ曲がり、須雲川に向かって下って行くよ。手前の看板には
この丸太橋は川の水が増えているときは危険です。
川の水が橋にふれているときは渡らないでください。

って書いてありました。どんな橋なのか楽しみに川へと向かいます。
12時47分


ここが川へ降りる途中から見た発電所と丸太橋です。発電所は小さなダムになっていて
上流には少し水がたまっている様子だよ。丸太橋は全部で3本あってボクは少しビビリました。
12時48分


真ん中の橋が一番高くて、おっかなびっくり渡ったけど、佐武は平気で
すいすい渡って先へ行ってしまいました。顔は笑っているけどドキドキしています。
12時51分


気持ちの良い場所だったので、30分くらい川遊びをしたよ。
ボクたちのカメラは防水なので、カメラを川に沈めて水の中の写真を
撮ってみました。中には小さなお魚がいっぱいいたけど、すばしこくて
カメラでは写せませんでした。でもトンボや虫や蟹を発見して
大喜び、やっぱり川遊びは楽しいな。


パパもママも川が好きみたいで、それぞれ生き物探しに夢中だよ。
特にママは子供の頃から都会育ちなので、自然の中が癒されるから
好きなんだといっていました。パパは子供の頃近所にこんな場所が
たくさんあったので、懐かしい感じがすると言っていました。


さあ、川遊びもお終い。再び街道に向けて出発です。川から階段を上って行くと、
県道に出ます。そこには発電所前というバス停があります。Uターンするように
県道を左へ登ってゆきましょう。すぐに右へと登る旧道を発見するよ。
13時23分


ここが県道から入る割石坂の入り口だよ。割石坂と言うのは曽我五郎が
富士の裾野に仇討ちに向かう途中、刀の切れ味を確かめるため
道ばたに有った大きな石を真っ二つに切ったという伝説の石がある
場所なんだ。でもこれから大事な仇討ちへ行く途中にそんなこと
するかなぁ。もし刀が折れちゃったら、また鎌倉へ刀買いに戻らなくちゃ
いけなくなるし、ボクだったら絶対にやらないと思うよ。
石畳の旧道に入ると、「
これより江戸時代の石畳」という看板が
2箇所出てきました。その手前の石畳と江戸時代の石畳の区別ができないよ。
13時23分



これが江戸時代の石畳だよ。でも県道ができた荒れ果てたので、明治・大正時代に
畑宿から須雲川にあった小学校へ通う通学路として、補修したんだって。
むかしの小学生はこの石畳を通って学校へ通っていたんだね。雨の日や、
夕方遅くなったときなんか、きっとお母さんが迎えにこの道を通ったんだろうね。
ボクたちは1年生のときから電車とバスを乗り継いで通学しているけど、
こんな道を通って学校へ行ってたむかしの小学生がうらやましいです。
13時29分


300mほど行くと、再び県道に出て、県道を左側に横断すると、今度は
左下へと降りて行く旧道の入口があります。そこには箱根旧街道の
看板が目印にあるよ。この辺りにはむかし
接待茶屋があったんだ。
箱根権現の別当如実は旅人に湯茶や馬の飼葉を施して旅人に
喜ばれていたんだけど、お金が続かす一旦は諦めたんだ。でも江戸
呉服町の加勢屋与兵衛たちの協力でここに新しい茶屋を作ったんだよ。
本当は畑宿や須雲川に造りたかったんだけど、そこは立場だったので
幕府の許可が下りなかったんだって。そう考えると、むかしは今より
たくさん旅人のための休憩所が箱根にはあったんだね。
坂を下り、小さな木の橋を二本渡ると、今度は登りになって、そこには
大澤坂の案内板がありました。ここはむかし座頭転がしの坂とも
呼ばれ、つつじが綺麗な坂だったと言うよ。また石畳もこの辺りが
一番江戸時代の頃の状態を残しているんだって。
13時40分


この2枚の看板は、大澤坂にあるよ。石畳って、ただ大きな石を道に敷き詰めた
だけかと思っていたら、こんな難しい工夫がされていて、雨水を流してしたんだね。
むかしの人は頭良かったんだと思いました。ボクだったら、石を並べるだけ
かもしれません。みんなも石畳がこんな構造になっていたって知っていましたか。
長年街道を歩いてきたパパも、この仕組みにはびっくりしていたよ。


坂を登り始めたら、写真の花をつけた野草が道の両脇を埋めます。
あまり綺麗な花だったので、さぶも写真を撮ったよ。この花の名前は
シュウカイドウ(秋海堂)っていうんだよ。江戸時代の初期に
中国から持ち込まれて、園芸用に鑑賞されていたんだけど、最近は
野生化して、こんな風に群生しているんだ。でも珍しい花だね。
街道の両側に墓地への小径が現れたら、畑宿はすぐそこです。
13時47分


今日のゴールは、ここ畑宿茗荷屋本陣だよ。建物は火事でなくなっちゃったけど、
日本庭園は残されているんだ。下田から江戸に向かったハリスもここの庭園を見て
ご機嫌だったんだって。何でも箱根の関所で役人と喧嘩して、不機嫌でここまで
来たらしいよ。ボクたちも楽にゴールできたのでご機嫌です。
13時51分


畑宿へ着いたら、箱根寄木細工の店があるからゆっくりお土産を選んでね。
とパパは言っていたのに、バスが13時54分に来るというので、5分くらいしか
お土産を選ぶ時間がありませんでした。しかしボクたちの限度額千円では
コースターしか買えなかったので、選ぶのは簡単でした。大きくなったら
お小遣い貯めて、秘密の箱を買うぞ!

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