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今日の目的地は畑宿だよ。最初パパは1泊で三島まで行く予定だったけど、登りの13kmは
ボクたちにとって少々無理があると思い、登りは半分の畑宿までの6kmにしたんだ。
おかげで、朝ものんびり出発し、箱根湯本駅の箱根カフェでゆっくり朝食の時間があったよ。
好きなパンを自分のかごに入れて、食べたけど、とても美味しくてうれしくなりました。
さぶは、パパの選んだパンを味見して気に入り、御代りしてたんだ。さて、おなかがいっぱいに
なったから駅の歩道を渡って、前回のゴール地点の三枚橋に向かいます。
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後ろに双子山までクッキリ見える大快晴の街道日和になりました。ボクたちの後ろは
国道1号線だけど、車は大渋滞でまったく進みません。今、高速道路が1000円なので
休日のたびに大渋滞が起こっているよ、そんなボクたちは電車で来たから大丈夫。
さあ、3ヶ月ぶりに帰ってきた三枚橋から今日の旅は始まります。
10時32分
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橋を渡って少し行くと、右側の家におばあちゃんが座って編み物をしていたよ。
通りが良く見えるように障子を開いて、ソファの肘掛にはリモコン置いてすごく
のんびりと快適そうだったよ。ボクたちのような旅人を眺めながら過ごしているのかなぁ。
下宿のバス停の先にはセブンイレブンがあったので、途中で食べるおにぎりと
飲み物を買いました。郵便局を過ぎると、いよいよ旧東海道は登り坂になるよ。
10時36分
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郵便局の先には、箱根寄木細工の店「木路Kiro」がありました。パパは今日のゴールで
箱根寄木細工をおみやげに買ってくれると言っていたけど、ここにもあるじゃん!
その先には、湯本小学校が出てきたよ。子供たちが大勢集まってサッカーの練習をしていたよ。
10時45分
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早雲寺が有名で、その手前にある白山神社を訪れる人は殆どいないよ。今日のボクたちは
時間にゆとりがあったから、早速、境内へと入ってみました。最初に驚いたのは右の小屋の
中にあった小さな屋根。柱から飛び出したように付けられている屋根は何だろう。
パパに聞いたら、きっと大きな提灯を下げる屋根だと思うよって。
10時49分
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境内、左側には白山ご神水という湧き水がありました。本殿を見ていたボクはひさしの下に
おおきなスズメバチの巣を発見。蜂がブンブン飛び回っていたので、パパに知らせました。
パパは、昔、黒部の山で大スズメバチに刺されて大変だったんだ、その蜂に二回刺されると
ショック状態になって危険なんだと、パパは大急ぎで神社を後にしました。ボクたちを置いて。
10時53分
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小学校の隣、白山神社の向かいにあるのが、金湯山早雲寺です。街道沿いには惣門が
あるけど、入口が塞がれていてこの門からは入ることが出来ないよ。右の駐車場から
回り込んで、行くとヒメハルゼミとその棲息地という案内板がありました。ちょっと
珍しいので、紹介しちゃいましょう。
10時55分
町指定天然記念物 ヒメハルゼミとその棲息地
このヒメハルゼミは、東洋系の昆虫で、その分布の中心は台湾である。
雄は第四腹節の両側に突起があり、雌は長い産卵管があるので他のセミと容易に区別できる。
その分布の北限として新潟県能生、茨城県片庭、千葉県八幡山の三ヶ所が国指定の天然
記念物になっている。
神奈川県では、この付近に発見されたのみである。このセミは、七月中に出現し椎の梢に群集
し、特異の合奏をするので有名である。即ち一匹が「ジリジリ」と鳴くとたちまち他のセミがこれに
合わせて、あたかもモーターの唸るがごとき音になり、数分にして合奏がピタリと止み、もとの
静けさにもどる。
そして再び十数分後に音頭取りが鳴き合奏がはじまる。当地においては、このセミのことを
勤行セミとも呼んでいる。
この付近一帯は名刹早雲寺境内であって古来「不人」の地として自然景観が保護されてきた
のであり、貴重な天然記念物と共に永く保護しなければならない。
昭和四十一年三月一日 箱根町教育委員会
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さすがに9月になったので、そのセミの声は聞くことができなかったよ。
今度は7月に来て、是非聞いてみたいと思いました。
その先には、臨済宗大徳寺派別格地と書かれたおおきな看板の下がった
門があり、そこをくぐると早雲寺に入ります。
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中は、一面苔に覆われた静かでとてもきれいな境内だよ。駆け回ってみたかったけど
パパが、子供は敷石から降りちゃだめと言うので我慢しました。
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右側には鐘楼、正面に本堂があります。本堂に祀られているのは室町時代の
釈迦三尊仏で、大永元年(1521年)に北条氏綱が建てたんだよ。今の本堂は
寛政四年のもので、昭和30年代の改修まで茅葺だったんだって。
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本堂の前を通って奥の墓地に入り、右へ登ってゆくと北条五代の墓があります。
五代とは、早雲、氏綱、氏康、氏政、氏直の5人で、後北条家の最初から
最後の当主がこの場所に仲良く眠っているんだって。戦国時代を戦ってきた
武将が仲良く眠れるなんて奇跡だとボクは思いました。
更に裏山へ入ってゆくと、室町時代の連歌師宗祇法師之墓がありました。
宗祇法師は、西行や芭蕉と並ぶ日本を代表する漂泊の詩人で、越後から
駿河へ向かう途中の文亀二年(1502年)七月三十日、湯本の旅館で亡くなったんだ。
遺骸は弟子たちが担いで裾野市の定輪寺に埋葬したので、ここにあるのは
供養塔なんだって。街道では芭蕉や西行さんには良く逢うけど宗祇さんははじめてかなぁ。
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宗祇さんの供養塔から本堂を見下ろすと、曼珠沙華が咲いていました。
そういえば、今日は彼岸の入り、どうりでお墓に大勢の人がいる訳だ。
彼岸花は何でお墓のそばに良く咲いてるのってパパに聞いたら、
「アルカロイドっていう毒が茎や球根にあって、お墓に埋葬した仏さんを
食べられないように周りに植えてバリアを張ったんだよ、だから水田の
畦道にもよく咲いているだろう、あれも稲を毒で害虫から守ったんだ」って。
11時10分
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惣門から70m進んだ左側を見ると、階段の上の方で湯気が出ている場所が
有りました。何だと思って登って確かめたら、お湯が排水溝に流れていました。
ここは湯本、温泉がたくさん出ているので、その余りが排水溝にも流れるんだって。
更に150m進んだら左側に弥坂湯という町の温泉場がありました。温泉旅館が
立ち並ぶ中、町の人が入る銭湯のような温泉があったのでうれしくなりました。
11時23分
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今度は、正眼寺という道標を発見。早雲寺から8分の場所に在りました。といっても
ボクたちは寄り道が得意なので13分かかりました。正眼寺は地蔵信仰により生まれた
お寺で、曽我兄弟の伝説が残されているんだって。この日はお墓参りの人で賑やか。
11時25分
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曽我堂上ってバス停があったところを見ると、正眼寺に曽我堂があったのかなぁ。
その前には変な鉄骨の塔が立っていました。パパは温泉を掘るボーリングの櫓じゃない
って教えてくれました。この辺り坂が急になってきて、登るのが大変です。
その坂の途中にヤマザキショップ箱根にしの店があります。このお店の土台を
見ると、坂のきつさが分かるから、みんなもびっくりしてね。
11時29分
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右に静観荘、左に福寿荘という旅館が現れたら、右側の茂みに一里塚を探してね。
下や、前を見て黙々と歩いていると見過ごします。ここの一里塚は江戸から22番目。
風祭から一里きたんだね。一里塚の上にはもう一つ、白川洗石生家の碑があるよ。
洗石は鶴之助といって、浜松からやって来た指物師三代吉の息子で湯本小学校を
卒業すると、寄木細工を父から学ぶんだ、しかし父が細かい曲線に苦労するところ
を観ていて、象嵌細工の技法にミシンを使うことを思いつき、それから繊細な
細工に成功したんだ、それをみんなに広め箱根寄木細工に貢献した人なんだよ。
11時32分
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三枚橋は標高85m、そしてここ台の茶屋は160m、ちなみに畑宿は392m。
一生懸命登ったけど、まだ三分の一かぁ。とぼやきながら着いたのが台の茶屋。
ここで道は少しの間、平らになるよ。でも油断しちゃだめだよ。このバス停の
先、女の子たちがいる辺りで道路を外れて右へ降りなくちゃいけないんだよ。
11時34分
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この場所が280m続く湯本ホテルの石畳への入り口だよ。よその家に入ってゆくようで
非常に分かりづらいから気をつけてね。そのまま道路を行っても合流はするけどね。
11時35分
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道路側から見ると、ちゃんと道標があるけど、これを見つけてからでは
少し戻らないといけないんだ。もっと入口に向けた分かり易い道標が欲しいね。
なかなか良い雰囲気の石畳の坂道を下ってゆくよ。
11時37分
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一番低くなったところにあるのは、猿橋だよ。上空には箱根湯本ホテルの本館と別館を
結ぶ空中廊下が通っていて、時々従業員のお姉さんが通っていました。
11時38分
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橋の下には気持ちよさそうに眠る猫がいて、さぶは写真を撮ったよ。あまりに動かないので
生きているのかなぁとパパが言ったら、ママは驚いて石畳を駆け上がって行ってしまいました。
でも安心してね。そばまで行ったら気がついて逃げていったから。石畳を登ると箱根観音の
福寿院の脇で、また自動車道路へ合流します。
11時46分
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