小田原おでん、食べたかったなぁ・・・パパ。


山王橋からは国道1号線を行きます。200mほど歩道を進んだ、
小田原宿入口で出会ったのは草鞋を履いた外国人のジョンさんです。
何かのイベントらしく、酒匂川辺りからランナーが大勢走ってくるようになったよ。
どうやら国府津方面から走って来て、小田原で折り返し戻ってゆくみたいなんだ。
その中の一人ジョンさんは、日本語も達者でテレビにも出るかなりの有名人なんだって。
ボクたちは一緒に記念写真を撮られてもらいました。
11時44分


少し先の横断歩道橋のある場所には、江戸見附と一里塚跡があったよ。
ここの一里塚は江戸から20番目の一里塚だよ。戦国時代、小田原は町ぐるみ
お堀の中にあったけど、東海道を通すときにそれをやめて、ここに枡形の見附を
作ったんだ。昼夜を問わず警備の人がいたって言うので、お城があると凄いと思いました。
11時45分


浜町の交差点を過ぎると新宿町で、古いデザインの綺麗なバス停があったよ。
その前に面白いお店があったので入ってみました。
リサイクル店で釣り道具や
電化製品、おもちゃもあったのでボクはターミネーターのどくろの玩具を購入。
11時51分


「新宿」という交差点で、国道1号はそのまま真っ直ぐ進むけど、ボクたちが
進む旧東海道は、ここで左折します。間違えて真っ直ぐ行かないでください。
11時57分


鍋町の石柱を見て、最初の角を右に曲がるのが旧街道です。曲がるとすぐに
蒲鉾屋さんが両側に現れました。最初に出てきたのがいせかね
,続いてわきや
ともに100年以上続いている小田原蒲鉾の老舗です。
11時59分



万町(よろっちょう)に入ると、小田原B級グルメで有名な小田原おでんがあったよ。
ちょうどお昼時だったのでパパは入りたそうでしたが、メニューを見て佐武には無理という
ことになって次のお店を探すことになってしまいました。ボクも入ってみたかったなぁ・・・。
実は、後でパパは一人で食べに行ってきたんだよ。ずるいぞ~!
12時05分


その向かいには丸う田代いう蒲鉾屋さんがあって、一番人気の粋月という蒲鉾を
おみやげに買いました。パパは、好きな伊達巻もいっしょに買ったよ。
12時06分


ここは古清水旅館の隣にある清水金左衛門本陣跡だよ。この本陣は小田原に4軒あった本陣の
筆頭で、金左衛門は町年寄も勤め宿場全体の掌握をしていたんだよ。またここには明治天皇が
5回も宿泊した宮ノ前行在所だったんだ。しかし5回は初めてだね。
12時14分


ここは本町の交差点で、蒲鉾通りが終わって再び国道1号に合流する場所だよ。
その角に立っているのが小田原宿
なりわい交流館だよ。この建物は昭和七年に
建てられた網問屋の建物を移築したんだ。今は小田原市が管理するお休み処に
なっているので、早速お休みするために寄ってみました。
12時16分


中には小田原の資料やパンフレットがたくさんあるので旅人の役に立ちます。
また南北が吹き抜けになっていてとても涼しい風が流れるのでママはご機嫌でした。


ボクたちは目の前を流れる用水濠の方に興味があって、写真を撮ってみたよ。
ちょっと中山道の醒ヶ井宿を思い出しました。
12時19分


御幸の浜交差点を過ぎるとひときわ目立つ建物がこの㈱ういろうだよ。
ういろう(外郎)って中国の官職名だったんだけど、その人が1368年に元が滅びたとき
日本に逃げてきて帰化したんだ。それから子孫が1504年北条早雲に招かれて
この地に来て薬とお菓子を売るようになったんだって。昔から提灯とういろうは小田原
名物だったんだよ。昔は二階建のお城造りの店舗だったけど、今は小田原城と間違えるね。
この写真はさぶがとったんだよ。上手に撮れているでしょう。
12時27分


ういろうの前後には老舗が多く、左は調剤薬舗の小西薬局、右は薄皮あんぱんの柳屋ベーカリーです。
12時32分


結局、ボクたちはお城も終わる箱根口交差点の先にあるガストで昼食になりました。
安いはずの昼食はボクたちが注文したデザートのカキ氷(418円)で高くつきました。
パパのスパゲティと同じ値段のカキ氷を食べて非常に満足のボクたちは元気になったよ。
レストランは2階にあって、その窓から遠く
小田原城の天守閣が見えたのはうれしかったです。
12時46分~13時30分


もうすぐ早川口で宿場もお終いというところに不思議な建物が2軒あったよ。
左は日本式の家に合体した、変な屋根の家。もう1軒は二重の軒先がある家。
七不思議のコーナーでも紹介してみたいと思います。
13時33分


早川口交差点の消防署の前にある横断歩道橋の下に人車鉄道小田原駅跡の碑があります。
そこにはこう書かれていました。

明治二十九年三月、熱海方面への陸上輸送路として豆相人力鉄道が開設され
早川口が小田原駅となった。明治四十一年に軽便鉄道とし小田原電鉄からの
乗換駅として、この地方の交通に恩恵を与えた。大正十一年十二月国鉄熱海線
が真鶴まで開通したことによってその任務を全うした。

人間が手で押して動かした鉄道なんて遊園地みたいで面白そうだね。
でもここから熱海まで25.3kmもあって3時間もかかったんだって。
13時35分


板橋見附からは右へと脇道へ入るので、この早川口交差点を消防署のほうへと
渡っていたら、ちょうど消防車が出てきてさぶのカメラに向かってピースサインを

出してくれました。やさしい消防士さんありがとう。東海道本線と箱根登山鉄道の
ガードをくぐると、小田原ともお別れでいよいよ箱根への登りが始まります。
13時39分


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