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夏休みに箱根を越える計画なので、その前にどうしても箱根湯本まで進まないと
いけないので、今日もとっても暑くて大変だったけど、国府津駅から歩きだしました。
朝早く、小田急線で小田原まで来て東海道線に乗り換えて国府津駅まで来たんだけど
お腹が空いて駅でマクドナルドを探したけど無くてがっかり。パパが電車の中から
吉野家が見えたから、そこまで頑張って歩こうと言われしぶしぶ歩き出します。
8時37分
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少し行くとこんな道標があったよ。ここで右へと入ると菅原神社から寶金剛寺そして
曽我の里ハイキングコースへと続きます。JR下曽我駅まで7.9kmのコースだよ。
ボクたちは、東海道を行くので、このまま国道1号線を真っ直ぐ進みます。
8時43分
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森戸川までの間に、面白い看板があったので紹介します。最初はみかんの木オーナー募集だって。
1本8000円でみかんの木のオーナーになると、その木に成ったみかんを全部送ってもらえるんだよ。
1本の木からだいたい40kgのみかんが採れるんだって。楽しそうだね。次の看板は海抜5.9mって
書いてありました。すぐ左側には海が広がっているけど、この国道まで5.9mも標高差があるとは
思いませんでした。でも10mの津波が来たらヤバイかもね。次は西湘バイパスの入口の看板だよ。
くるっと回って熱海へ行くのが可笑しかったんだ。
8時46分
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森戸川を越える親木橋を渡ると、正面に待望の吉野家が見えてきました。
まだ時間が早いけど開店しているといいな。
8時47分
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ばっちり開店していた吉野屋へ入って、朝食を食べました。ボクとママたちはもちろん牛丼(\380)で
さぶは大好きなカレー(\330)を食べてご満悦です。ママも懐に優しいと喜んでいたよ。
8時50分~9時17分
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親木橋を過ぎたら、一里塚に備えて国道の左側を進みましょう。現れたのはみかん問屋の井上。
地元産のサマーオレンジをたくさん打っていました。安いので買ってゆきたかったけど、
重そうなので諦めました。その先には山近記念総合病院の大きな建物であって
その前に日本橋から79kmのポストが立っていました。この辺りには松並木が少し残っています。
9時20分
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レストラン、ガストと藍屋の前を進んでゆくと、信号機の下に小八幡一里塚跡があったよ。
この一里塚は江戸から19番目の一里塚で、塚の上には松の木が植えられていたんだって。
ちょっと分かりにくいところに看板があるので、見落とさないよう気をつけてね。すぐ先には
一里塚って名前のバス停がありました。
9時27分
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池谷モーターの先の路地をのぞいたボクたちは、西湘バイパスの向こうに
海を発見して興奮しました。この辺りは国道から50m入ると西湘バイパスで
その向こうはもう海なのです。海が大好きなボクたちは砂浜へ出たかったけど
ここからはいけません。すこしがっかりしたけど、海を見て元気になったよ。
9時31分
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今度は国道の右側に見どころがあったので、三寶寺前の横断歩道で国道を渡ります。
ここでボクたちの歩行距離は日本橋から81kmですが、国道のポストは80kmになります。
その先の酒匂小学校前には横断歩道橋があったので登って見ました。
真っ直ぐに延びた松並木の国道が綺麗だったよ。ママは、国道の北側と南側では
松の木の高さが違っているのはどうしてだろうとボクたちに聞きました。
9時43分
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この写真が横断歩道橋の上から見た箱根方面だよ。南側の木はみんな頭を切られて
背が低くなっているのが分かるでしょ。箱根の山々もだいぶ近くになってきました。
9時50分
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大見寺の先、酒匂3の信号の下には右側にゆりかご園、左側には酒匂不動尊があったよ。
ゆりかご園の門があまりにも立派だったのでお屋敷かとおもったら児童養護施設なんだって。
10時02分
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81kmポストの先、連歌橋が近づくと、右側に法船寺というお寺がありました。
ここには五重塔があるというので寄ってみます。でも山門を入っても見当たりません。
案内板に誘われて左の裏手へ回るとびっくり!立派な五重塔がありました。
でも何故、山門から見えなかったか分かったよ。この五重塔は奈良や京都にある
五重塔と違ってとってもミニサイズなんだ。でも信徒さん1300人の浄財の結晶なんだ。
とても精巧に出来ていて、こうして写真をとるととてもミニだとは思わないでしょ。
10時14分
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下菊川を越える連歌橋を渡ると、右側に大きなマンション「サンハイツ小田原」がそそり立っています。
このマンションは手前からず~っと見えているから良い目印になったよ。今日はとても天気が良いので
どの家のベランダに布団を干していて、パッチワークのようなマンションでした。いよいよ街道は
酒匂川に近づきます。その手前でボクは変な看板を発見。「シカに注意」って鹿のこと?
こんな町の中、しかも海に近い場所に鹿が出るなんて信じられないよ。
10時17分
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橋の長さが400mほどある酒匂川を越える酒匂橋につきました。この橋を渡れば小田原だよ。
酒匂川はさかわがわと読むんだ。上流は御殿場で源流まで46kmの短い川なんだ。
でもここの水が56kmも離れた多摩川の近くまで運ばれて神奈川県内の 水道水に
使われているんだって。川の長さより長い距離を人間の技術が運ぶのだから凄いね。
10時14分
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長い橋の上からは色々な景色が見えたよ。正面にはボクたちがこれから越える箱根の山々が
良く見えました。丸い二つの山が双子山で、その下の谷を東海道は登って行くんだよ。
橋のすぐ下では、おじさんがテトラポッドに座ってのんびりと魚釣りをしていました。どんな魚が
釣れるんだろう。ボクたちも川原へ降りてみたくなったけど、橋のそばには下りられる場所は
なかったよ。残念! 下流を見ると西湘バイパスの長い橋が見えて、その向こうは海だよ。
10時22分~41分
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橋を渡り終わったら最初の信号「城東高校前」で左に曲がって下さい。ここでは
国道から離れ200mほど旧道を歩きます。入ると街道はすぐ右へと曲がって行くけど、
正面の大東産業の前に気になる看板を発見しました。
10時43分
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看板には新田義貞首塚と書いてありました。早速地図を頼りに首塚へ寄り道。
10時45分
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新田義貞の首塚
建武の中興の柱石であった新田義貞は、北陸を転戦中、延元3年(1338)、越前国(福井県)藤島で討死し、
足利尊氏によってその首級を晒されていた。
義貞の家臣宇都宮泰藤(小田原城主、大久保氏の先祖)は、主君義貞の晒首を奪い返して領国三河へ往き、
妻子に暇を告げ、主君義貞の本国、上野国(群馬県)に首級を葬るため東海道を下った。
しかし、酒匂川のほとり、ここ網一色村に達したとき、病にかかり再起できなくなってしまったという。そこでやむ
なく義貞の首をこの地に埋葬して、自身もこの地で歿したと伝えられている。
その後、新田義貞の首塚として地元の人々に尊信されていたが、戦後一時荒廃してしまった。しかし近年地元
有志によって復興整備され、新田義貞の首塚の碑も建立された。
なお北方八幡神社境内に、新田神社の祠がある。
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新田義貞といったら甲州街道の 分倍河原だとパパが喜びました。ボクにはよく分からないけど
故郷を離れて戦争をして、知らない土地で殺され、お墓は福井県坂井市の称念寺にあって、
その首だけがここにあるなんて可哀想だと思いました。ここに首があるのも家族は知らなかったろうね。
首塚の位置は、狭い道を入って小さな公園があって更にその奥にあるので注意して探してね。
10時46分
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国道へ戻って、180m進むと左側に山王小学校の標柱が立ってるよ。
そこを入ってゆくと小学校正門手前左側に上杉龍若丸の墓がありました。
天文二十年、関東管領平井城主(群馬県藤岡市)の上杉憲政の息子だった
龍若丸は、北条氏康に降伏するための使者として小田原にやってきたんだけど、
首を刎ねられて殺されちゃったんだ。これに同情した町の人々は五輪塔を建てて
供養したんだって。その五輪塔がこの祠の中にあるから、可哀想と思う人はお参りしてね。
10時57分
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箱根外輪山明星ヶ岳を源にする久野川が海に注ぐところに山王橋があります。
この橋を渡ると、海に向かう細い道が合ったよ。早速パパにおねだりして
海にいってみることにしました。まだ箱根湯本は遠いので30分だけ遊ぶことにしたよ。
11時08分
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海へは、堤防の上の細い道を歩いて、階段を登ったり降りたり200mで海岸だよ。
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広い砂浜にはボクたちしかいません。ズボンを濡らすといけないので
大きくまくって、裸足になって遊んだよ。まだ海の水は冷たかったけど、
とても気分がよかったんだ。遠くには箱根の山々、正面には漁船もいたよ。
パパとママも、そんなボクたちをみながら休憩しました。
11時14分~37分
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