やはり東海道は松並木がなければ。樹齢150年の巨木が並びます.


大磯中学校から滄浪閣にかけて樹齢150年の松並木が残っていました。
佐武もビックリするほど大きな松の木だよ。ここからは、並木の下に歩道が
あるので歩きやすいし涼しくて快適な道です。昔の人もきっと快適だった
と思うよ。だから街道には松並木を作ったんだね。
13時30分


松並木に入るとすぐ関東ふれあいの道の案内板があったよ。
東海道の松並木
小淘綾ノ浜の説明が書いてあります。万葉集にもよろぎの浜として載ってるよ。

相模道の余呂伎の浜の真砂なす児らはかなしく思はるゝかも

相模治乃 余呂伎能波麻乃 麻奈胡奈須 兒良波可奈之久 於毛波流留可毛

真砂と愛児をかけてどちらも愛おしい様子を描いた歌なんだって。
ママもボクのこと可愛いと思ってくれているのかなぁ・・・。

13時31分


この松の木が、高さ25mでこの並木で一番大きな松だよ。
13時33分


ここは滄浪閣という伊藤博文の家があった場所です。伊藤博文は小田原に住むことを決め
最初、小田原の御幸の浜に滄浪閣と言う別荘を建てたけど、そこへ向かう途中大磯の
この場所が気に入って、ここに建てた別荘に滄浪閣と言う名前を付けたんだ。
でも住民票をここに移したから、ここが伊藤博文の本邸になったんだよ。その後大磯
プリンスホテルの別館となって中華レストランも有ってママはよく食べに来たんだって。
2年前に売りに出されたことを知らなかったママは、この荒れ果てた滄浪閣をみてショック!
13時36分


70kmポストを通過すると切通しだよ。左の森の中には先日火事になって
燃えてしまった
吉田茂邸が歩けど、東海道はその手前、城山公園前Y字路
右へと入ってください。パパは過去2回の東海道では真っ直ぐ進んでしまったので
この旧道に入るのは今回が初めてなんだ。ちょっと嬉しそうだったよ。
13時59分


大磯城山公園にはトイレがあるから休憩していってください。ボクたちはもうだいぶ疲れた
ので上にある展望台まで登って行く元気は無かったけど、富士山や箱根・伊豆、三浦半島
まで見える景色の良い場所なんだ。元々は三井財閥の別邸跡なんだよ、郷土資料館も
あるから今度、車で来ようね。公園の前にはお好み焼きの店
愛味があってソフトクリーム
を売っていたので、買ってもらったよ。今日はとても暑いのでアイスが食べたかったんだ。
14時12分


道なりに右にカーブして線路を越えて行ってしまうので、ここの時計のあるY字路を
左の道へ真っ直ぐ進んでね。まもなく
本郷橋が現れるから、それが目印だよ。
14時14分



国道と合流する手前、中丸会館の前に不思議なものがありました。
お祭りのときに
旗を立てる柱が二本、道路にはみ出して立っています。
ちょっと見た感じでは神社やお寺は見当たりません。後で地図を見たら
この路地を入って800mほど山のほうへ行ったところに真勝寺という
お寺があったので、そのお寺の柱なのかなぁ。それにしてもよく見ると
道路に石の蓋がしてあって、お祭りのときはその蓋をはずして柱を
立てているんだ。車は片側通行になっちゃうけどお巡りさんより
お寺のほうが偉いんだろうね。
14時22分


旧東海道を進んでゆくと、やがて国道が左側から現れて、しばらく平行に進むよ。
その間は土手になっていて、ボクたちはその上を進んでゆきました。途中、
案内板があったから見てみると、江戸から17番目の
国府本郷の一里塚跡でした。
実際の一里塚があった場所は200mほど江戸よりって書いてあるので、
あの柱が立っていたそばにあったんだね。ここから更に400mほど進めば国道だよ。
14時27分


国府新宿交差点からは国道歩きになります。国道を歩いて1400m進むと塩海橋です。
ここには「
塩海の名残り」という標柱が立っているけど、塩海ってなんだ?
実はこの付近で明治初期頃まで海で塩を作っていたんだ。新編武蔵風土記稿にも
塩海(しぼみ)について書いてあって、古くからこの海岸で塩を作っていたんだって。
近世になってからも揚浜法を用いて川匂・山西の3箇所で塩を作って年貢も塩の道だったんだよ。
15時02分


二宮の交差点は、北に東名高速の秦野中井IC、南に西湘バイパス入口と交通量の
多い交差点です。したがって横断歩道がなく、ボクたちは歩道橋で交差点を超えました。
もう日本橋から73kmも歩いたんだね。
15時06分


二宮の交差点から200m、国道の左側にママが萬壽屋発見。早速歩道を渡って
お店に向かいました。パパが東海道を歩いていておもちゃ屋があったらおもちゃを
買ってくれるというので、このお店で勝負したいと思います。さっきも別のおもちゃ屋
があったけど、欲しいものがなくてがっかりしていたんだ。でもこのお店には
ボクたちが気に入ったおもちゃがありました。佐武は手錠やピストルの入った
警察官セット、ボクは機動武者烈火大鋼というプラモデルを買ってもらいご機嫌です。
15時18分


二宮駅入口からは、国道の右側を歩いてね。やがて信号は、心泉学園入口→梅沢→吾妻山入口
と進み800m行くと吾妻神社入口になります。ここが
梅沢旧道の入り口です。
ちょっと下り坂になっているのが旧道だよ。ドンドン下ってゆこうね。
15時41分


.旧道を入ってすぐ右側にある鳥居が
吾妻神社の鳥居だよ。
神社はここを入って線路を歩道橋で越えてZ坂を登ること11分。
ボクたちはもう予定より遅れていたので、寄らないで進みました。
鳥居の隣には
生しらすを売る店が有りました。相模湾で獲れた
いなだやいさき、大あじもあるんだって、また釣りに行きたくなっちゃった。
15時42分


古い石垣に沿って緩やかに下ってゆくと、小さな交差点の角に
梅澤橋の標柱がありました。
周りに川は見えないけど、地図で見ると確かに山のほうから川が流れてきた、すぐ左の
海に注いでいます。昔はここに橋があってその橋の石柱だけ、この場所に残したんだろうね。
いまは道路の下を下水道管みたいに街道をくぐっていると思います。
15時44分


左の写真は、梅澤橋の交差点から
を眺めたものだよ。もうここから海まで
300mしかないんだよ。上を走っている道は、さっき別れてきた国道です。
ここから街道は緩やかな登り坂になって、
火の見櫓のあるところで国道に
合流します。その火の見櫓の下にはいくつもの石碑が置いてあったよ。
15時47分


山西と言う交差点で国道に出たボクたちは、460mほど国道を歩き、今度は左側の
旧道へ入って行きます。旧道の入り口には「
旧東海道の名残り」という標柱と、
二宮の一里塚跡の碑があったよ。ここの一里塚は江戸から十八番目の一里塚だよ。
北の塚にはケヤキ、南の塚にはエノキが植えられていて、大磯宿と小田原宿の
中間だったので、賑わった一里塚だったんだ.
15時56分


大磯と小田原間が16kmと長かったので、この押切坂の上に多くの茶屋が立ち、間の宿として
栄えました。その中心的なのが、この
松屋本陣で、ここで大名たちも休憩したそうです。
松屋を過ぎると、いよいよ押切坂の急降下が始まります。小田原から来た人は辛そうです。
16時00分


この下り坂が押切坂だよ。本当に急なのは道祖神のあるところから80mくらいだよ。
ここで国道の向こうの山の上を見ると、海への眺望が抜群の家並みが見えました。
ママは、将来あんな家に住んでみたいと言っていました。
16時02分


押切坂を下りきると再び国道と合流します。すぐに中村川を押切橋で渡ると、
西湘バイパスの橘インターまでの360mの間で面白いことが起こりました。
橋を渡ると、すぐ小田原市に入って113m進むと再び二宮町へ戻り、また
110m進むと、2度目の小田原市が待っていました。なんて複雑な市境なんだろう。
16時05分


押切橋から国道を緩やかに登っていくと、やがて平らになったあたりで左に海が開けます。
海に沿って進むのはこれが初めてです。あまりに海が綺麗だったので道ばたに座って眺めました。
16時22分


今度は車坂という下り坂です。写真の史跡車坂の碑の隣には、車坂を詠った歌が三首あります。


鳴神の 声もしきりに車坂 とどろかしふる ゆふ立の空

                             
                  太田道灌
 戦国兵乱の世の和歌集に「平安紀行」があります。「平安紀行」の作者は、
太田道灌とする説と異説とする説がありますが、その前文に「車坂という里にて
ゆう立しきりに降りそいえば」とあり、この時に詠んだものです。


浜辺なる 前川瀬を逝く水の 早くも今日の 暮れにけるかも

                                            源実朝
 「吾妻鏡」建保元年の条に記録があり、源実朝が鎌倉を出て箱根、伊豆の二権現に
参拝する際、前川まで来た時、正月でも洪水があったとみえ河を渡ることができず、
日暮れまで待つ間に詠んだものです。


浦路行く こころぼそさを 浪間より 出でて知らする 有明の月

                                                    北林禅尼(阿仏尼)
「十六夜日記」は、阿仏尼が夫の逝後、先妻の子為氏と我が子為相との相続争いの
訴訟のため、京を発ち鎌倉に下る紀行文です。その前文に酒匂に泊り、あす鎌倉へ入るとあり、
この時に詠んだものです。


国道の右側にある明治安田生命小田原東営業所から50m先の国道右側の路地を
入ったところにあるのが、写真右の神奈川県と小田原市の水道管を結んだ
緊急連絡管のマンホールだよ。県と市が握手しているデザインで昔からパパのお気に入り!
16時26分・16時45分


車坂を下りきると、街道は再び登り坂になるよ。その場所に在るのがレストランの
のんき亭だよ。ここからも海が良く見えるけど、目の前の西湘バイパスが邪魔で景色が悪いんだ。
16時53分


のんき亭から、くたくたになって270mの長い坂道を登りきった信号が、今日のゴールの
国府津駅前です。今日は暑い中を14kmも歩いたので、もうご機嫌斜めのくたくたボクたち。
この後、小田原に向かったボクたちは、青いロマンスカーに乗って新百合ヶ丘に帰りました。
16時56分


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