元オペラ歌手の「千の風になって」は大迫力でした。



いよいよ
横浜新道へ登ってきたよ。この日は三連休の初日とあって道は大渋滞だけど
ボクたちの街道には旅人が一人も居なかったので、歩道を家族で独占状態で歩いたよ。
国道の看板は、藤沢が左へ進むことを示し、振り返ってみればもう東京から45kmも
歩いてきたことが分かります。マラソンの距離より遠くまで来たんだね。
10時31分


昔はず~っと良い眺めを観ながら進んだってパパは言うけど、後になってみれば
この場所だけが、展望が開けて良い眺めで下。ここにもそのうちマンションが建って
もう街道歩きでよい眺めの場所は無くなっちゃうのかなぁ。
10時37分


国道は、1.8km先の原宿交差点まで大渋滞で、看板によると神奈川県で一番渋滞が
ひどい場所なんだって。その先はすいすい流れていたので、この工事が完成すれば
ここの渋滞もなくなるんだね。しかしこの沿道のマンションに住んでいる人は
戸塚や藤沢へバスで出ると思うんだけど、バスも渋滞で来ないので不便だね。
10時42分


クラシックコミュニティ横浜という有料老人ホームが出てきて、その外れのバス停の
ところにあったのが
お軽勘平の碑だよ。お軽勘平は、江戸時代の歌舞伎「仮名手本
忠臣蔵」のなかで登場する「道行旅路の花聟」の主人公、お軽と勘平のことだよ。

♪落人も見るかや野辺に若草の・・・
 は、清元の名曲道行旅路の花聟の語りだしとして江戸以来人口に膾炙されているが、
 お軽・勘平の道行の場
♪こゝは戸塚の石高道・・・
 の旧跡という。 この曲は天保四年三月、江戸河原崎座の初演以来百四十数星霜を
 経てなお上演を重ね、戸塚の名は墨繪の夜の富士とともに
♪ほんの旅寝の仮枕嬉しい・・・
 舞台の華やかな思い出を多くの人の脳裏に深くきざみこんでいるお軽・勘平の道行は
 戯曲上の設定であれ史実にまごうほど戸塚の地名とは離れぬ仲
♪かわいかわいの夫婦づれ・・・
 のゆかりはつきぬ道行の名勝に建碑の由緒を記す
              昭和四十六年七月      文学博士 松本亀松 撰

この碑を読んでも何の事だか分からないので、パパに聞きました。
どうやら武士の勘平は、お家取り潰しの最中に立ち会えず他の人に合わせる顔も無かったので
お軽の実家へ駆け落ちする途中、この場所でお軽に休もうと言われ、自分が情けなくなった
勘平は切腹すると言い出したんだよ。それをお軽が、実家へ帰ってあなたを食べさせて
あげるって口説いて一緒に逃げてゆくんだ。その口説かれるところがいいんだって。
10時43分


この辺りは、休憩に良いところが無く、またコンビにも喫茶店もないので
マンションの前のベンチに腰掛けて休みました。でも日影はやっぱり寒いので
Tシャツのボクたちはどんどん先へ進みます。
10時49分


やってきたのは吹上の交差点です。藤沢まで5kmの道路標識の下をくぐると
マンションがなくなったので急に歩道が狭くなりました。人がすれ違うのがやっと!
10時54分


吹上の交差点から富士山が見えたよ。東海道では初めてかな、ボクは感激して写真撮ったよ。
sabuも初めて観た大きな富士山をパパに知らせようと大騒ぎでした。
登ってみたくなったけど、今は雪の季節になったので夏になったら考えるって。
10時55分


吹上交差点から200mの左側に原宿一里塚発見!江戸から11番目の一里塚だよ。
この付近に旅人のための茶屋があったので原宿と呼ばれるようになったんだ。
品濃一里塚は残っていたけど、ここのは明治9年に取り壊されました。
民家の植え込みの中に案内板があるけど、目立たないから見過ごさないでね。
11時00分


一里塚の反対側は山になっていて、その上に浅間神社があるよ。
その入口がこの交差点(写真左)その先、戸塚区原宿町第二と大きく書かれた
横断歩道橋の下には、ひっそりと
古い阿修羅が!
11時03分


ここが神奈川県で一番渋滞を引き起こす交差点「原宿」だよ。こうして信号待ちで
見ていると、あらゆる方角から車が押し寄せている感じだよ。横浜新道も本格的な
高速道路にして平塚の西湘バイパスとドッキングしないと、この辺りの渋滞は
無くならないんじゃないかとパパは分析していました。でもこの交差点だけでも
立体になれば少しは良くなりそうです。近くにあった工事看板を合成してみました。
11時13分

びとうえんこうぼう

サッシもシャッターも閉まった家に色々な看板が掛けてあったので、パパは
何の店かなと看板を睨んでいると、中から急におじさんが出てきて、ギャラリーを
見せてくれると言いました。突然おじさんが出てきたのでボクたちはビックリ!
11時23分


中に入るとおじさんが作った色々な作品が並んでいたよ。特に
街道下駄はおじさんの
オリジナルで、下駄を揃えないで、一歩前に出ていることから躍動感を表現したんだって。
凄い数の下駄の焼き物が並んでいて驚きました。


工房に戻るとおじさんは急に大きな声で「
千の風になって」を歌いだしました。
そうなんです、おじさんは若い頃オペラ科を出てオペラ歌手をしていたんだよ。
おじさんの名前は
相原弥、1928年生ということは、80歳なんだ!またビックリ!
みんなもここに来たら是非おじさんの歌声を聞いてゆくと元気が出るよ。


ボクたちのおばあちゃんと同じ年のおじさんだけど、すこぶる元気なのには負けました。
おやつももらい、ゆっくり休んで出発しようとしたら
竹製のカスタネットをボクたちに
くれました。是を鳴らしながら街道を行くと元気に歩けるんだって。おじさんありがとう!
ここの場所は、原宿交差点から314mの左側、みんなも是非寄ってね。
11時37分


工房から270m行くとローソンがあってトイレ借りようと思ったらトイレまで大渋滞。
しかたないので、その先215mの
影取歩道橋東側交差点にあるampmで借りました。
そこには国道のkmポストがあって日本橋から48km来たことが分かるよ。
その先の歩道橋の下にはひっそりと
馬頭観世音が立っていました。
11時59分


そろそろお腹も空いてきたので、何か食べさせてよ~パパ!
ここに洋食屋さんがあったけど、まだおにぎり食べたばかりで
いま食べたらまた太るわよってママに言われてしまいました。
しかたないので洋食屋さんのベンチを借りて休むことにしたよ。
12時06分


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