不動坂の小さな坂を越え、柏尾川を渡ればもうすぐ戸塚宿。



ここは平戸永谷川を渡る赤関橋だよ。この橋は珍しい形をしているんだ。ボクたちが
進んできた方角から見るとYの字の形で、右へ進むのが国道1道左へ進むのが
旧東海道。橋の上で道が分岐しているんだよ。だからボクたちは橋を渡ってそのまま
左の旧道へと入ってゆきます。国道を渡らなければそのまま旧道へ入れるよ。
12:44


国道は賑やかだけど、この旧道はものすごく静かな道です。左側には昔のままの
林も残り、すこしほっとしたよ。やがて右の道がだんだん高くなって、国道を越えて
線路の向こうへと行ってしまいました。これは
秋葉の立体交差道路だよ。ボクたちは
この道路に沿って進み、やがて国道へ出ます。
12:48


国道を歩いているとお腹が空いて、そろそろお昼ごはん食べたいなぁとキョロキョロ
していたら目の前に焼肉の安楽亭があったけど、道路の向こう側を見たら
うどんという看板のある小さなお店があったので、横断歩道を渡って行って見ました。
このお店は
うどん福徳屋といってこじんまりしたお店だったけど、メニューは
豊富で、sabuとパパは定番のザルそば、ボクはネギトロ飯、ママは味噌煮込みうどんを
注文。ネギトロ飯といったらマグロの中落ちのご飯だと思って注文したボクですが
来たのは山芋のとろろ、ボクは山芋でお口の周りが真っ赤になっちゃうので食べられ
ません。べそをかいていたら、パパはザルそばと取り替えてくれました。お店の人にも
心配をかけてしまってごめんなさい。
12:51~13:37


さあお腹も落ち着いたし出発だよ。ここからはしばらく国道歩きだよ。この通りには
大きな工場が続いています。まずは
山崎製パン横浜第一工場、続いて森紙業横浜工場
そして
ポーラ化粧品本舗横浜事業所と続きます。そして不動坂に差し掛かる手前には
柏尾の
大山道入口の案内板があったよ。ここの大山道どこからどこへ続いているんだろう。
13:52

神奈川県指定天然記念物
  益田家のモチノキ
                           昭和56年7月17日指定

  モチノキ(モチノキ科)は暖地に育成する雌雄異株の常緑広葉樹で、高さは通常
 3~8メートルに達し、4月ごろに黄緑色の群生した小さな花を咲かせ、球形の果実
 を付けて赤く熟する。この樹皮より鳥もちを作ることからモチノキの名の由来があり、
 古くから人々によく親しまれている木である。 指定された「益田家のモチノキ」は、
 国道1号の旧東海道に面し、樹高18メートル、目通り2.4メ-トル、根回り3.1メー
 トルの雌株と、これより0.75メートルほど離れて並ぶ、樹高19メートル目通り3.2
 メ-トル、根回り4.9メートルの雌株の2本である。これほどまで生長した大木は他
 にほとんど類を見ないばかりか、共に美しい樹冠で接しているのも珍しい。
  「相模モチ」の愛称で郷土の人たちから愛され、なじまれてきたこのモチノキ2本は、
 稀有な大木となって今なお樹勢もきわめて旺盛であり、旧東海道に面してきたという
 歴史的背景もあるので、将来にわたり永く保護することが望ましく、神奈川県指定天
 然記念物に指定するものである。
                         神奈川県教育委員会

 

不動坂の旧道へ入る直前には益田家のモチノキがありました。ボクたちは1本の
木だと思ってみていたのが、実は雄雌2本だった何て驚きました。大きいほうが雄で
小さいほうが雌なのかなぁと思って、案内板をよく読むと、両方とも雌と書いて
有ります。これは本当に両方とも雌なのか、それとも字の間違えなのか分かりません。
益田家の方や教育委員会の人がこのサイトを見つけたら教えて下さい。
13:53


ここが不動坂の交差点だよ。道は4つに分かれます。直角に右折するのが瀬谷への県道、
真っ直ぐ右へ進むのが国道1号の戸塚バイパスで横浜新道へと続くよ。箱根駅伝は
踏切の無いこのコースを進むんだ。真っ直ぐ左方面へ進むのが国道1号で戸塚駅へ
向かいます。ボクたちが進むのは一番左の旧東海道だよ。左から右へと国道がだんだん
広くなってゆく様子がよく分かる面白いポイントです。旧道の上に覆いかぶさるように
ある木は
奉祝の櫻です。これは昭和34年4月10日の皇太子殿下御成婚を祝って植えました。
13:55


不動坂交差点から再び国道へ戻る舞岡入口交差点までの580mは静かな道だよ。
レンガ造りの倉庫や、古い門構えの旧家があり、とてもここが戸塚だとは思えないと
パパは感心していたよ。この風景は20年前とさほど変わっていないそうです。
14:02


やがて川に突き当たる場所で名も無い交差点に出るけど、東海道はここで川を渡らず右へ
曲がってゆきます。川に沿ってしばらく行くと再び国道にもどって
五太夫橋(写真右)を渡
るよ。五太夫というのは北条氏康・氏政・氏直の三代に使えた人で、京都に監禁されていたとこ
ろを家康が連れてきて、ここの西、長後街道の中田に住まわされました。その後取り立てられて
地頭となり、家康に協力して東海道の整備に頑張った人でした。
14:11


国道に戻り大きなショッピングセンターダイエーの前を通り過ぎると戸塚一里塚跡
道路沿いの案内板だけの存在でありました。品濃一里塚から4km歩いてきたんだね。
この一里塚は江戸から10番目の一里塚、ボクたちの歩程では43km地点です。
右の
戸塚宿の浮世絵はこの先にあって戸塚区制50周年記念のものです。
絵は天保四年(1833)に安藤広重が描いた戸塚宿大橋付近の様子です。
14:27


もうゴールの戸塚駅は目前と言うところに柏尾川を渡る吉田大橋があるよ。
実は東海道にはもう一つ吉田大橋があるんだよ。さあそれはどこでしょう?
答えは、その橋を渡るときまで内緒だよ。この橋も新しくなって三条大橋風の
欄干と照明が素敵でした。川には白鷺がいてボクたちは夢中で写真を撮ったよ。
14:32


柏尾川を渡ると570mで東海道本線の戸塚踏切になるよ。今日のボクたちの旅は
このJR戸塚駅でおしまいです。踏切の手前に戸塚駅の東口へ向かう道があったのだけど
パパは昔は無かったといってパパの好きな西口へ向かいましたが、さぁどうなったでしょう。
14:51


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