下町の商店街は活気見満ちて。



坂を下りきると、ビル街の裏道みたいなところを進んでゆくよ。
正面の上空に二段の高速道路が見えたら、太い道の方へ進まず、矢印に沿って
カーブしてゆきましょう。この頭の上の高速道路は
K2号三ツ沢線だよ。
右、第三京浜から、左、金港ジャンクションへと結んでいるんだ。
ボクたちが羽田や成田へ行くとき、第三京浜から、ここを通って
ベイブリッジ経由で首都高湾岸線に出るのが早くて確実なんだと、
パパはいつもこの上の道を通るんだよ。その高速をくぐると右側に小さな公園が
ありました。その柵にお魚が泳いでいたので、二人でシャッターを切ったよ。
12時44分


高速を抜けて100m進むと、行く手に変わった建物が道を塞ぐように建っているよ。
このビルは神奈川電子電気機器健康保険組合の
神電けんぽ会館なんだって。
あんまり大きくて立派で洒落ているから、コンサートホールかと思ってしまったよ。
ここには何の表示も見つからなかったので、パパも家に帰って調べるまで美術館だと
思っていたんだって。みんなには何の建物に見えるか楽しみだね。
12時49分


この通りには、義眼研究所や版画製作所、国際フード製菓専門学校、何かが並んで
ちょっと変わった通りです。300mほど行くと三ッ沢公園から降りてくる大きな道路に
突き当たります。その壁には小学生が書いた
未来や海底の絵が広がっていたよ。
そのまま左へ進み、大きな道の横断歩道で渡って反対側へ進んでね。
12時56分


三ツ沢公園から平沼へ抜ける道路の横断歩道を渡っていたら、正面に
ランドマークタワーが見えました。とても高くて大きなビルなのでビックリしました。
横浜ランドマークタワーは高さが296mもあって日本一高いビルなんだ。
地下3階 地上70階 塔屋3階で、平成5年に完成したんだよ。
パパは展望台へ上がったことがあるって言ってたけど、ボクも登ってみたい。
12時59分


ここの旧東海道は、現代のいろいろな道に邪魔されて、真っ直ぐ進めなくなっているよ。
この地図を参考にして迷わず進んでください。地図中の矢印がランドマークが見える
方角です。大きな道を渡ったら浅間下の交差点まで行かず、右の細い道へ入ってね。
ボクたちはちょっと疲れたので、通りの裏にある公園に寄って遊んでゆきました。
13時01分


細い道に入って140m行くと右側に石の鳥居があるよ(写真左)、ここが浅間神社の入口、
鳥居をくぐって階段を登ってゆくと、さらに大きな赤い鳥居がありました。この鳥居をくぐれば
眺めの良い境内です。ここには保育園もあって園庭の遊具で遊びたい佐武は大騒ぎ。
13時04分


今日は4月12日、関東の桜の開花は3月末だったので、もう葉桜になってしまったけど、
神社の境内にあった
は、まだ花を付けていたので綺麗だったよ。ここからも
ランドマークタワーが良く見えました。


浅間神社の社殿は、全国でも稀な
浅間造り二階建て社殿といって、
手前の建物の奥に、二階建の社殿が見えました。でもそばへ行って見る事ができず
残念です。社殿には本覺寺でペンキを塗られたのと同じような
獅子頭がありました。
しかしここのはカラフルで、やっぱり獅子頭はこうでなくちゃとボクも思いました。
この神社ができたのは1080年で、富士山の浅間神社からご神体を分けてきたんだって。
この辺りは古代、
横穴墓があって、その穴に入ってゆくと富士山へ抜けられると
信じられていたんだ、だから東海道を旅する人の名所になっていたけど、今は住宅ができてなく
なっちゃったよ。本殿のある丘は、
袖すり山と呼ばれいたんだ、それは下の鳥居の
そばまで波打ち際が迫っていたからなんだって。今では海は遠くなってしまったけど、
江戸時代は波打ち際をみんな通って旅をしていたんだね。嵐の日は大変だったろうね。
13時19分


浅間神社から進むと、右側は
コンクリートの高い崖になります。崖の上が浅間台で
下が浅間町、こんなに落差があると、真ん中に川があるように行き来できません。昔はどう
なっていたんだろう。そんな崖の真ん中に変なものがあるのを発見!良く見ると

五月人形の兜
や、陶器でできたお人形らしきものがコンクリートの上に乗っかっているよ。
どうしてあんな高いところに運んだんだろう。この崖を登っていったのかなぁ?
そう思って進んでゆくと、通り沿いの家の車庫に同じようなお人形がたくさん飾ってありました。
きっとここのおじちゃんが崖を登って置いたんだね。
13時23分


  10分ほど歩いてゆくと、追分と書かれた道標が黄色いアパートの角に
あったよ。ここは東海道と
八王子道の追分なんだ。
右が八王子道で帷子川に沿って町田八王子へと続いているんだよ。
横浜が開港してからは、群馬や埼玉、相模の絹をこの道で、
港に運び輸出していたんだよ。だから
日本のシルクロード
なんだ。道路には旧東海道のプレートがはめ込んでありました。
13時34分

洪福寺松原商店街

とうとうやってきました。洪福寺松原商店街。パパがボクたちくらいの時、
武蔵新城の商店街を見て育ったんだよ。その商店街の昔の頃とそっくりなのが
この松原商店街なんだ。だから、パパはこの商店街を歩くと、
子供の頃に戻ったような錯覚に陥るんだ。昔はこんな商店街が何処の街にも
あったけど、今では本当に少なくなってしまったね。東海道を車両通行止めにして、
道路まではみ出した果物や衣料品、本当に活気があって素晴らしい商店街なんだよ。
これから地方へ行くと、駅前商店街だと言うのに、多くの店がシャッターを閉めたシャッター
商店街を数多く見ると思うけど、大型店舗が郊外にできて車を使って買い物するのが
当たり前になってしまった街が多い中、ここは何故残ったのだろう。
特に駅が近いわけでも、そばに大きな駐車場があるわけでもないのに、この人たちは
いったい何処から集まってくるのだろう。また、全ての品が何でこんなに安いのだろう。
おそらく、京都までの間、こんな素敵な商店街はないと思います。
13時35分


今は、自動販売機ばかりのたばこだけど、ここにはおばちゃんが売っているタバコ屋さんが
ありました。ボクはこんなに活気のあるタバコ屋さんを見たのは初めてだよ。
洋品店の前で、小っちゃな玩具が落ちていたので、拾っておじちゃんに渡したら、
ボクたちにその玩具をくれました。ありがとう!って言ったら、
まいどあり~
言ってくれたので、パパはその商人魂に感激した~っと喜んでいました。
13時44分


松原商店街は、国道16号の交差点で終わりです。ここにも歩行者天国の看板が
あったよ。東海道という真っ直ぐな街道の途中を通行止めにして商店街にしちゃうなんて
イギリスやオーストラリアのモールみたいだねと、パースを思い出してパパが言いました。
右の写真の喫茶店の前で、パパは歓声をあげました。この
スリーティーは、パパが初めて
東海道を走ったときに休憩した喫茶店なんだって。もう何年営業しているんだろう。
13時54分


喫茶店の並びにあったのが、江戸方見附跡の案内板です。江戸方見附って言うのは
保土ヶ谷宿の江戸よりの入口で、土塁が築かれていざと言うときに防御するために
造られたんだ。京都側の上方見附は、ここから2kmほど宿場を進んだ外川神社付近に
あったんだって。その向かいには
東海道中休憩所と書かれた小部屋があったよ。
となりでおにぎりなんか売ってるので、ここで腹ごしらいもできますよ。
13時55分


笑笑のある交差点の信号を渡ると、右側にどや!!?というたこ焼き屋さんがありました。
たこ焼き大好きなママは、思わず寄り道。ここにはたこ焼きだけでなく、イカ焼きもあるので
ボクたちはそれを頼みました。たこ焼きに劣らずとっても美味しかったので大満足!
13時59分


どや!!?のすぐ先は、帷子川です。新しい帷子橋を渡れば、天王町駅だよ。
この川のず~っと上流がズーラシアという、ボクたちの好きな動物園があるんだ。
この川は昔、写真の向こうの方で、左のほうへ流れていて駅の向こう側を
通っていたんだって、だから江戸時代にはここには橋がなかったんだよ。
14時01分


橋を渡ればすぐに相鉄本線の天王町駅だよ。相鉄本線は、横浜から海老名まで
走っている鉄道だけど、その昔はJR相模線の橋本~茅ヶ崎間が相鉄だったんだ。
現在の相鉄本線は神中鉄道が厚木~二俣川間で開業したものを昭和18年相鉄が
買収して手に入れたんだよ。逆に昭和19年には相模線を国鉄に買い取られ
現在の相鉄になったんだ。今は二俣川から湘南台への線路もできて、全部で
25の駅があるよ。その中でも横浜へ5分と言う駅が、天王町なんだ。ボクたちが
2時間半もかけて歩いてきた道が電車だと5分なんて、ちょっと空しい!
そんなことを言ってたら、佐武がおしっこと言い出しました。パパはあわてて
パスネットで駅に入って用を済ませましたが、出ようとしたらピンポンと改札口が・・・
駅員さんに聞いたらパスネットでは同じ駅で乗り降りはできないんだって、
昔は入場券なんてのがあったので大丈夫と思ったパパの失敗でした。
14時10分
※パスネット:ストアードフェアシステムのICカードで、関東の私鉄を中心に活用されて
いるシステムです。JR発行のスイカとの相互乗り入れもできて非常に便利になり
ました。関西にはICOCA(イコカ)カードがあり、使用方法は同じです。


駅をくぐると、旧帷子川を渡る木造りの
旧帷子橋がありました。向こうに見えるのが
天王町駅で、ベンチで休んでいるのがボクたちです。昔はここを帷子川が流れて
いたんだね。広重の保土ヶ谷に描かれているのはこの橋で、新甼橋(しんまちばし)
としてかかれていました。そんな橋も昭和39年まではここにあったんだけど・・・。
そんな昔の帷子橋を渡って、いよいよ保土ヶ谷へ向かうよ。
14時15分


帷子橋を渡ったらそのまま大きな通りへ出るのが旧東海道だよ。ここでは細い道に
入ってゆかないでね。大通りは外国みたいに
電信柱がまったく無くてとても綺麗な
通りでした。大門通りの交差点を過ぎると、右側に
香象院の大きなお釜が見えて来たよ。
ここではあうんの狛犬じゃなくて大きなお釜があうんで並んでいます。
ここは昔保土ヶ谷で一番大きな寺子屋で、明治6年には保土ヶ谷小学校の
分校として活躍したお寺なんだ。
14時32分


お寺の入口に大きな足跡があるよ。これは
仏足石と言って、仏様の足跡を石に刻んで
信仰の対象にしたんだって、ボクたちは松原商店街で貰った玩具のメジャーでその
長さを測ってみました。50cmもあるので仏様の大きかったんだろうね。その隣には
自転車屋さんがあって、今度は
とても小さな自転車を見つけたよ。こんなに
小さくても、大人がちゃんと乗れる本物の自転車なんだって。ビックリしました。
14時34分


保土ヶ谷の駅が近づいてきたら、急に古い街道タイプの家が目立ってきたよ。
こんな横浜のど真ん中に、昔からあるような家が残っているなんて奇跡のようです。
きっと由緒ある家なんだろうね。もしかしたら何かのお店をやっていたのかもしれないね。
いつまでも、このまま残っているといいんだけど、なかなか難しいのかなぁ。
14時35分


やっと、今日のゴールのJR保土ヶ谷駅に到着しました。このまま右の一方通行の
通りに入ってゆくのが東海道で、この先が保土ヶ谷宿の中心になります。
お楽しみは次回と言うことで、今日は左の太い道に入って行って保土ヶ谷駅
へと向かいます。保土ヶ谷駅で川崎へ帰るための電車を待っていたら、東海道線が
来ません。そうなんです。いつからかここは
横須賀線専門の駅になってしまった
ので、川崎へ帰るには横浜で東海道線に乗り換えなくてはいけないんだ。
14時44分


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