鶴見川の支流の更に上流に住むボクたち、鶴見川の大きさに驚きました。


ここは京浜急行本線の
鶴見市場駅入り口です。今はとっても静かな街ですが、
1年に2日大勢の人であふれかえるんだよ。その日は1月2日と3日。そうみんなも
コタツで見ている
箱根駅伝の鶴見中継所は、この信号を左へ入り突き当たった
国道にあるんだ。一番近い駅が鶴見市場駅だから見る人はみんなこの駅で
降りるんだよ。来年は何処の大学が優勝するのかなぁ。信号の右には
熊野神社がありました。鳥居に飾る注連縄は
七五三縄とも言うんだけど、
その下に下がっている房の数も7本や5本が多く、この神社みたいに3本は
出雲大社や諏訪大社では見られるけど、小さな神社では珍しいね。
10時34分


次の信号の手前にあったのは市場の一里塚だよ。この一里塚は江戸から5番目
ボクたちは21.84km歩いてきました。明治9年(1877)に地租改正によって払い下げられ
たんだけど、右側は床屋さんになってしまい、今は左の塚だけが残っていました。
10時44分


一里塚から205m、右側には下町稲荷があります。小さなお堂だけど、本当の神社の
ような立派な屋根が付いているよ。中には阿修羅のような石仏が入っていてちょっと
怖くなりました。軒下の彫刻も立派なので、ゆっくり見ていってください。
そのそばには綺麗な赤い花が咲いている家が有ったよ。しかし良く見ると
変な花、パパがこれが
唐辛子と教えてくれました。初めて見たのでビックリ。
10時48分


鶴見川橋が見えてきたよ。パパが始めて東海道を走ったときには無かった橋で、
2回目の1997年11月に通ったときにできた橋なんだって。その時のパパは
1日で日本橋から横浜の青木橋まで歩いちゃったというから凄いと思いました。
橋の長さは120mほどで、右を見ると東海道本線や横須賀線の鉄橋が、左を見ると
京浜急行の鉄橋の向こうに箱根駅伝の選手が走る国道の橋が見えるよ。
10時51分


橋の上から下を覗くと、おじさんが一人釣りをしていました。ボクも釣りが大好きなので
何が釣れるのか気になってみていたけど、なかなか釣れません。カモたちも心配
そうにおじさんを見ていました。パパは海釣り専門なので、何がいるか分からないって。


橋を渡って左を見ると、
カモメがたくさん飛んでいたので行ってみました。
そしたら、ここにもおじさんが独りいて、カモメにえさをあげていたよ。
おじさんが投げるパンを空中で上手にキャッチしていたので、写真を撮った
のだけど、うまく撮れませんでした。佐武は1枚もカモメを捉えることができなくて
怒っていたよ。上のカモメの写真は残念ながらパパの撮った写真です。
早く動く鳥を、望遠でつかまえるのは本当に難しいと思いました。
今度来るときはボクたちもパンを持って来て、カモメにあげたいと思います。
10時59分


橋を渡るとすぐ左に石のベンチがあり、その後ろに鶴見橋関門旧跡碑があったよ。
ここは川崎から5番目の番所があった場所で、安政六年(1859)の横浜開港で外国人が
多く横浜に来るようになり、その外国人に危害を加えないよう神奈川奉行が関門を
作ったんだよ。この関門は翌年の万延元年(1860)に作られたんだ。当時街道の幅は
7mあり、その両側に黒い柱を立て大貫を通して通行人を取り調べたんだって。
今でも関門があったら、ボクたちも厳しく調べられていたんだろうか。

続いて右に現れる図書館の前には寺尾稲荷道道標がありました。この道標は
レプリカで本物は鶴見神社にあるんだよ。寺尾稲荷は、今は馬場稲荷といって
ここから3kmほど入った寺尾城址そばにあるんだ。昔寺尾城主の諏訪右馬之助が
とっても乗馬が下手で、このお稲荷さんに祈願していたら、夢の中におじいさんが
現れ願いを叶えてくれたんだよ。それから馬之助さんは乗馬が上手になって
北条氏康の十勇士に数えられるほどの武将になったんだ。だから馬術が上手に
なりたい人が江戸からもお参りにやってきたから、ここに道標が立ったんだよ。
11時05分

佐武の後ろにまだ鶴見川橋が見えるでしょ。
図書館はこんな場所に在ります。
その図書館の前には江戸時代の地図と現代の地図が展示されているよ。
マウスをクリックするととっても大きな
現代の案内図が出てくるから参考にしてね。
11時07分


図書館の前にあった彫刻「旅立ち」(二口金一作)をボクたちと一緒に撮って見ました。
大人になるとつまらないアングルでしか撮れない事が良く分かります。
特にsabuの1枚は強烈です。ちょっと怖そうな彫刻たちが、今にも襲い掛かって
来そうに見えるから不思議です。これからもどんな作品を撮ってくれるのか、楽しみな旅になりそうです。




鶴見駅が近くなりました。鶴見は川崎宿と神奈川宿の間にあった間の宿で栄えたんだよ。
その中でもこの信楽茶屋が一番大きくって人気だったんだ。竹の皮に包んだ梅干を
売っていたんだけど、今はラーメン屋さんになって、その名前だけをとどめていました。
そろそろお腹が空いてきちゃった。ママ、早くお昼ごはんにしようよ。
11時15分


旧東海道を真っ直ぐ進むと京急鶴見駅にぶつかってしまうよ(写真左)。駅の下の
牛丼の吉野家目指して横断歩道を渡り左側へ回り込むと、また真っ直ぐの街道が
現れます。その途中には鶴見が間の宿だったと言う案内板に鶴見川の絵が描いて
蟻真下。回り込むと、また光る玉のモニュメントがあったので、みんなで写真を撮ったよ。
この彫刻は「
とろける立方体-9302」という児玉康兵さんの作品です。
11時19分


京急鶴見駅の裏に中国小皿料理の美食苑があったので、早速入ってみました。
ランチは1人前680円で食べきれないほど出てきました。味も美味しくママも大満足の
お店で、ボクはラーメン、佐武が五目焼きそば、パパは坦坦麺をいただきました。
そのとき、ボクの前歯が抜けてしまいました。ママもパパもビックリ!
どうしても見たい人だけ、写真にカーソル合わせて下さい。
11時23分~54分


少し進むと右側の壁に変なものがあります。これは溶岩石窯でESPLANとうお店の
モニュメント、実はここは江戸時代
覇王樹(サボテン)茶屋があった場所なんだよ。
なんでサボテンかというとお店の前に大きなサボテンがあったからなんだ、
どんなサボテンだったのかなぁ。ここでもパパの呼びかけに元気に走って
向かうボクたちです。
11時56分


どうもこの街はモニュメントが多いから芸術の街なのかなぁ。今度の彫刻は中村節子さんが
作った「
Family'93」だよ。今までの彫刻は全て横浜彫刻展入賞作品で、全部で11点あるけど
街道沿いにあるのは3つです。四つ目は佐武が気に入ったアフラックのアヒルさんだよ。
12時00分

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