中山峠を越え、下ってきた町は大野。姫川が運んだ豊かな土で稲作が盛んです。
ここから最後の坂を登り、美山公園へ。途中2箇所の右折が最後の難関。
間違わないよう、よく地図を見ながら進みましょう。





坂を下りきる直前右手に現れたのが
大野の十王堂です。昔は茅葺の建物だったと
思われる形をした赤いトタン葺の建物がそうです。塩の道ウォーカーが増えたら
是非、中山道和田村のバス停のように茅葺の十王堂に復元して欲しいものです。

     

中を覗いて見ると、地蔵菩薩を中心に十王達が居並んでいます。十王とは地獄で待ち構え
亡者の審判を行う裁判官たちです。人々は亡くなると中陰となり、初七日・四十九日と、この
十王一人一人に七日ごと七回裁かれ、更に決まらない場合三回裁かれると言われています。
それで地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道の六道いずれかに行くわけですが、
ここで信仰を厚くして、三悪道だけは行きたくないというのが人々の心情だったのでしょう。
私も思わず、三悪道だけは勘弁してくださいとお願いしてしまいました。それでは十王を紹介します。

 十王   読み方  本地 審理 
 秦広王  しんこうおう 不動明王  初七日
 初江王  しょこうおう 釈迦如来  二七日
 宋帝王  そうていおう 文殊菩薩  三七日
 五官王  ごかんおう 普賢菩薩  四七日
 閻魔王  えんまおう 地蔵菩薩  五七日
 変成王  へんじょうおう 弥勒菩薩  六七日
 泰山王  たいざんおう 薬師如来  七七日
 平等王  びょうどうおう 観音菩薩  百か日
 都市王  としおう 勢至菩薩  一周忌
 五道転輪王  ごどうてんりんおう 阿弥陀如来  三回忌


十王堂の向かいには、無造作に置かれ夏草に埋もれた石仏群が、
どの村でも大切に扱われているのに、これはどうしたことか。
十王ばかり信仰しても、これでは閻魔様は許してくれないぞ。


十王堂の敷地内の六地蔵はご覧の通り、閻魔様は地蔵菩薩だから
大切にするんだといわんばかり綺麗に手入れされていました。


十王堂の先の交差点は右折してください。正面は大野小学校で、昔は
学校の敷地内を斜めに塩の道は通っていました。現在は学校を迂回します。


右に曲がるとすぐに大糸線の踏切です。これを渡ったら、線路に沿って
左へ曲がりましょう。数十メートル行くと道は、
斜め右へと進路を変えます。
この斜めを学校に伸ばしたラインが昔の塩の道です。この踏切を渡り真っ直ぐ進むのは
延喜古道と呼ばれた1100年前の道です。延喜式によると都から蝦夷の陸奥国へ向かう
北陸道の一部とのこと、大変な道を我々も少しだけ歩くことができました。


この辺りから民家の庭に花が目立つようになります。
特にこの時期綺麗だったのが
芍薬。翁咲きの見事なものが先々に
あったので、思わずシャッターを切ったというわけです。

 
水田の中を伸びた街道は、ゴルフ場や美山公園のある千丈が岳へと向かいます。
これからが
大野の集落で、道路の真ん中にある白いラインは無雪道路の消雪パイプ
地下水をくみ上げてノズルから道路に撒き雪を溶かすという仕組みです。
この先、糸魚川市街にも多く見られますが、どこも道路が赤茶けていました。
きっと地下水にマンガンが多く含まれているのでしょう。そもそも消雪パイプは
新潟県の長岡市、柿の種を作っている製菓会社の社長が考案したもの。
新潟の名物といってよいでしょう。北海道などでは、地下水といっても地表に出たとたん
凍ってしまうので、ロードヒーティングが主流で、消雪パイプはありません。
地価も無雪道路沿いと、そこから100m入ったところでは10倍ほど違います。


仁王堂公民館脇にはドラえもん、そしてここはアンパンマン
この辺りにあまり子供の姿は見かけませんが、少子化対策でしょうか。
田んぼの向こうに1両の大糸線が停まっています。ここが
頚城大野駅です。
頚城と付くのは、他に大野駅があるからです。それは福島県双葉郡大熊町にあります。
あの日以来、本家大野駅は放射能の為閉鎖されています。他にも千葉の
市川大野駅、北海道の渡島大野駅、越前大野駅、そしてボクたちの小田急線が
走る相模大野駅と、全国にはたくさんの大野駅があります。
みんなで、早く復活できるよう本家大野駅を応援しましょう。


頚城大野駅が見えたら、すぐにここで右折します。なんの目印も
特徴的な建物もないポイントですので、注意してください。しいて言えば
下大野川という小さな川を小さな橋で渡る場所です。真っ直ぐ進むと
線路に近づきますので、誤りと分かりでしょう。


橋を渡るとすぐ左側にSANYOの看板がある電気屋さんらしき民家が、
その先で道は上り坂になり、この
珍しい形の家や、地下駐車場に
大きなベランダがある区長さんの家の前を通ってゆきます。


橋から3〜4分でこの場所に。ここでも再び右折し、本格的な山登りが始まります。
途中、右下へ進むのが塩の道という案内板がありますので従ってください。

 
 
山道は車道と平行に進み、最後の急登で、この大きな家の下に出ます。
個人のお宅なのでしょうか、
大きな山小屋風の建物です。


道端には真新しい道祖神があり、振り返ればビニールハウスの
向こうに明星セメントの石灰砕石場でもある
黒姫山が見えてきました。

 
 
正面には、はっきり日本海が見えてきたのですが、やはり空との境が良く分かりません。


姫川を渡る翡翠橋から真っ直ぐ美山公園へ登る2車線の車道を横切ります。
車道へ出たらいったん左へ下り、再び右へ下るというクランクになります。


落ち葉に覆われた細い車道を下って行き、道標の先で振り返ったのが
この一枚。
牛清水と書かれています。読みは確かうしょうずで、塩の道を
行く牛たちに清水を飲ませた場所と伝えられています。


綺麗な林の中を更に登ると、とうとう平らな道に出ました。ここはもう美山公園内です。


公園内の小径を300m進むと、正面に瀟洒な建物が、これは市民クラブハウス美山
公共施設なんです。糸魚川市は中々お金持ちの市のようです。