福島新田とは、信濃森上駅の西、北城地域のことで国土地理院の
地図の新田の地名が残っていますが、ほとんど使われなくなった
地名でしょう。ここから千国街道は、山道が多くなり登ったり
下ったりと足と相談の道になります。





新田の集落に入ると、道は庄屋丸八に突き当たります。これは会席料理の
店で、嘉永七年に建てられた白馬地域の豪商、横澤家の屋敷を改築したものです。

正面には、横澤本衛生誕地碑が建っています。本衛は家業であった酒造業と
麻問屋を17歳で継ぎ、大黒鉱山を手に入れたり、北安銀行・小谷貯蓄銀行・
安曇電気の創業に関わってきました。安曇電気は明治35年に創業した電気事業者
で、6つの発電所を持つ会社でしたが、後に中部電力に吸収されてしまいます。
ここで、千国街道は左折し集落の中を登って行きます。


左側には、小さな掘割が流れ、そこには人々の営みを感じさせる洗い場が
残されています。周囲の家々はスキーに関わる店が多いのですが、昨今の
スキー離れのせいか、またはシーズンが終わったせいか、少し寂しい通りでした。


260mほど進むと掘割の源に水車小屋があり、水神様が祀られています。
案内板はここで進路を右へ取れとあります。更に急になる坂道へと右折しましょう。


左側には小さな薬師堂があり、周囲には4基の地蔵様と、大黒様、そして道祖神があり、
道標には中小谷13.7kmとありました。


車道を真っ直ぐ登っていくと県道に出てしまいますので、左に出現するこの
丸石の階段を登って下さい。石柱にも有る通りここが千国街道なんです。


階段に続く坂道を85m登ると道が4つに別れる場所に出ます。案内板の
次は12番観音原の方角に進んで行きます。この辺りから山道になります。


正面の森の上を目指して田園風景の素敵な道を登ってゆきます。


森を登りきったところに観音原入口の標識があり、中小谷へも左折と
ありますが、ここで入っても出てくる道がないと判断し車道を進みます。
もしかしたら岩岳の湯まで行って、切久保庚申塔へ戻る道が千国街道
なのかもしれませんが、我々は真っ直ぐ庚申塔を目指しました。
途中、岩岳スキー場への入口の前で一休み。


すごく新しそうな白馬連山大日如来像が右に出てきます。その先の
三角地帯、火の見櫓の下に
切久保庚申塔はありました。この庚申塔は
白馬村で一番古く、天和三年(1683)ですから328年も経っています。


2分ほど進むと、森の中に霧降宮切久保諏訪神社があります。
鎌倉時代の創建で、千国庄の鎮護の神として、諏訪大社下社から
勧請された宮であるといわれています。現存する社殿は、大町の宮大工
金原周防定兼と菅の横田喜平次により明暦四年(1658)に建てられました。
鎌倉の鶴岡八幡宮の橋を小さくしたような神橋の端を渡って境内へと入ります。


社殿には諏方大神社の名が掲げられています。こういう呼び方もあるのでしょうか。
また、境内には地元の人ばかりではなく、東京の人が建てた石の囲いがあり、
そこには、東京市下谷区竹町竹内金次郎と有りました。現在の台東区台東4丁目
付近で、竹町公園前という交差点名に残っています。境内には
巨大な杉も多く、
鬱蒼とした森を形成しています。裏から出ると、塩の道の案内板がありました。


神社の左側を抜けて行くと、目の前に不思議な歩道橋が現れました。
これは岩岳スキー場の
クロスカントリーコースにあるスキー用の歩道橋です。
クロスカントリーコースは、5kmコースと3kmコースがあり、スキー場を
出発して共に、この歩道橋を渡り、千国街道の左右へ移動するコースです。
歩道橋を過ると右側に広大な原っぱが現れ、その奥の低地は水芭蕉の群生地です。


昨年、ゴールデンウィークの頃は、ちょうど良い咲き頃でしたが、今回は満開を
過ぎてしまった
水芭蕉が多く、綺麗に咲いている花を探すのに苦労しました。
水芭蕉は、ここに限らず、千国街道のいたるところで見られるので、花の好きな
方はこの時期に歩くことをお勧めいたします。


やがて旧道は、国道148号新田・森上の先から入ってくる県道433号と合流します。
そこには塩の道通りの標識が立っています。少し行くと再びスキー用の
歩道橋が、
先ほどの歩道橋でスキーヤーは千国街道を左から右へ滑って行き、今度は
この歩道橋で右から左へと帰ってきます。積雪によってはかなり急な歩道橋なので
それだけでくたびれてしまいそうです。


杉林の坂道をダラダラと下って行くと、楠川に出ます。これを渡る前に県道と別れ
右の橋を渡るのが千国街道です。紅白の車止めの間を進むと、おかる穴の標柱と
説明板が出てきます。県道を進んでしまうとかなり遠回りになるので注意して下さい。


橋の上から見たおかる穴です。上部の木の桟橋を下りたところに有りそうなのですが
途中の道も崩れた状態で近寄れそうにありません。以下おかる穴の案内板です。


 おかる穴

  嫁と姑の不和にまつわる話は、いくつかの悲劇を生んで、語り伝えられている。
 これもその哀れな話の1つー
  むかしむかし、切久保部落におかるという女がおりました。働き者で評判の嫁
 でしたが、姑との折り合いが悪く、いさかいが絶えませんでした。がまんできなく
 なったおかるは、氏神様の宝物である七道の面の1つ恐ろしい般若の面をかむ
 って、姑をおどすことを考えつきました。ある夜半、おかるは面をつけて寝ている
 姑をおどしました。姑はあまりの恐ろしさに気絶してしまいました。おかるはだれ
 にも気づかれないうちに、面を返そうとしましたが、どうしたことか面は顔にくっつ
 いたまま、どうしてもはがれません。
 こんな顔を人に見られることはできません。おかるは白みかかった夜明けの道
 をひた走り瀬戸の淵にある洞穴に身を隠してしまいました。その後、人々はこの
 洞穴のことをだれいうとなく「おかる穴」と呼ぶようになりました。
                                   長野県・白馬村




水道管と並ぶ小さな橋で楠川を越えたら、水道管の裏手の小径から
山へ登って行きましょう。
Z坂の急な登りで息が切れますが頑張ってください。
やがて、傾斜が緩くなると森の中の道を進みます。ところどころ標柱が案内します。


川から登り続け10分で、この車道を横断する場所に来ます。
そのまま進むと標識が左へ進むよう案内するので、グランドを
巻くように進んで、小さな坂を登れば山道も終わります。


広々とした駐車場のような場所に出てきます。ここは地蔵通り
県道433に再び合流しました。後は県道を真っ直ぐ栂池まで進みます。


地蔵通りとは、この風切地蔵があるため付いた呼び名でしょう。
風切地蔵は、農作物を風害や病虫害から守るための地蔵で、
風祭・虫送り・鳥追いなどと共に、重要な信仰の対象でした。
白馬村の風切地蔵はここだけでなく、白馬連山に沿って一直線に
配置されていて、風を断ち切り農作物を守ってきました。
そんな地蔵様に守られてか、沿道には綺麗な花があふれています。


白馬村には高層から低層まで、いたるところに湿原があり、落倉自然園もその一部です。
特に初期低層湿原の代表的な場所で、類稀な自然科学探求の場所となっています。


駐車場には、ここにも綺麗なトイレがあります。また庚申塔3基を含む石仏群もあります。


落倉自然園が、この付近で一番高く、これからは下り坂となります。
路傍には冬に力を発揮する除雪車が残されていました。右に見えてきた
大きな建物は
ラ・フォーレ白馬というホテルです。我々も昔利用して
栂池でスキーをしたことがあり、懐かしい思いで通り過ぎます。


ラ・フォーレ白馬の隣には建設中の橋がありました。今度の冬までには
完成しそうです。この橋ができれば急坂を降りなくて済むので安全に
栂池スキー場へ行けることでしょう。そんな
向坂を下って松沢集落へ
向かいます。行政区画は白馬村から
小谷村へと入って行きます。


向坂の途中から見た建設中の橋です。この橋の無い景色も見納めです。


傾斜も緩やかになると正面に奇妙な家が見えてきました。
構造から見ると、おそらく
炭焼き小屋のような気がしますが、どうでしょうか。