南北の長さ2700m、湖畔を歩く塩の道の距離2400mの木崎湖。
アルプスの山々も前衛峰に隠れ、花が溢れる湖畔の道へと街道は変化します。



東京では、とっくに終わってしまった桜の満開をここではこの季節に観られます。


ここが借馬追分、左が木崎湖の西岸を行く南平道で6.1km、右は木崎湖の東岸を
行く
稲尾道で6.0km先で、共に合流します。我々が進んだのは左へ行く南平道、稲尾道は
標高差も無く歩きやすいのですが、途中信濃木崎夏期大学裏の道が途切れて進めない
ことや稲尾駅から海ノ口駅の間、交通量の多い国道を歩かなくてはならず危険なため
標高差90mと少々きつくはなりますが、南平道を選びました。稲尾道にはJR大糸線の
駅があるので、日程調整をされる方にはお勧めかもしれません。


南平道に入ると、すぐに左側の展望が開け、蓮華岳や北葛岳が最後の姿を披露します。


追分から5分行くと街道は森に行く手を阻まれます。この左右に延びる道は
県道325号で、右へ500mほど行くと大糸線の信濃木崎駅です。
左へ行けば大町温泉郷や爺ヶ岳スキー場方面となります。南平道は、この
突き当たりの
森の中へと入ってゆきます。一見道が無さそうに見えますが
ご安心ください。立派な林道となって北へと進んでいます。


森は70m進めば抜けられます。その出口には誠克享と書かれた稲荷神社
ありました。森を抜けても道幅は狭いまま、交差点を横断すると、左角に
大きな建物があります。これは昔
かねなかという会社の建物でしたが、
現在は使用されていないようです。


交差点先右側には
しらかば保育園、そしてその先道が突き当たった場所には
平野球場という立派な野球グランドがありました。南平道は元々この球場を
突っ切って真っ直ぐ進んでいたと思われますが、今は外野席に沿って球場を
半周します。我々も道を行かず、外野席を歩いて向こう側まで行きました。


街道の両側が開けた快適な道になりました。しかし小熊山の稜線に隠れて
北アルプスの山々は見えなくなってしまいます。左の方に石塔が見えます。


近づいてみると、その石塔は尼僧のお墓のようでした。きっと伝説が残されていると
思います。後を振り返れば
餓鬼岳が最後の雄姿を見せてくれます。森が近づいて来ると、
その中に石碑が見えます。森に入って近づくとそこには
鬼穴古墳と刻まれていました。


森沿いの道も終わりに近づくと右に大きな建物が現れました。これは木崎湖温泉岡本旅館
フーテンの寅さんや犬神家の一族のロケ地として有名です。その先右からの道と合流する
地点には
信濃路自然歩道ルート塩の道千国街道案内図があります。
中山道の時も東海自然歩道に良くだまされて、街道ではなく自然歩道へ
入ってしまうことがありましたが、ここでも注意が必要です。展望の良い自然歩道を
地元としては勧めているのですが、我々は街道派、ここはしっかり昔の道を辿りたいものです。


右に木崎湖キャンプ場のバンガロー、大町市B&G海洋センター艇庫
と続き、その後やっと木崎湖の湖面が見えました。ここからは湖水の上を進む道となります。
しかし何故海の無い大町市に海洋センターなのでしょう。B&GとはBlueSeaと
GreenLandの略で、ボートレース事業の収益金により、全国480市町村に補助金を
交付し、水と親しむための施設造りや指導者の育成を通し、子供たちの育成と地域の
人の健康に寄与している財団でその資金により木崎湖に体育館や艇庫を作ったと
いうわけです。


少し進むと小さな半島のように湖面に張り出した場所があり、そこには鳥獣供養塔
あります。対岸には木崎湖キャンプ場の
バンガローが湖面に突き出した場所に在り、
1泊したくなります。


パパは今日も元気に歩いてますと、ママに写メを送るためiPhoneでワンショット。
画素数は300万ですが、なかなかしっかりした発色でしょう。後にはワカサギ釣りの
ボートがゆらゆら、このモーターボート実は
レンタルなんです。6千円〜9千円ほどで
一日借りられます。免許が要らず魚探も付いていますよ。


湖畔に人が居たので、声を掛けてみました。驚いたことにこの方、タモ網でワカサギ
捕っているではないですか。ポリバケツには生きたワカサギがいっぱい。群れの通り道を
熟知していて、網に誘い込むように捕っていました。こんな漁法は初めてです。


木崎湖畔後半は、湖岸側に黄色い水仙が延々と咲く道になります。
中部北陸自然歩道の道標が現れ、
青木湖へ6.1kmとありました。
湖岸との間に林が出てくると、
海の口キャンプ場です。
バンガローは1人1泊1500円、持ち込みテントは1人1泊1000円とあります。


キャンプ場が終わる頃、左へと登る道が現れました。少し上に道標があり、
塩の道・千国街道 青木湖へ5.6kmとあります。
この坂を登るのが塩の道でした。


林の中の道を400mほど進みます。高度もぐんぐん上がるきつい道です。
途中
ヤマカガシが一匹道の真ん中で昼寝をしていました。写真はリアルなので
掲載しませんでした。ボクたちがいたら大騒ぎになって楽しかったでしょう。


道が平らになったところが平の集落、眼下に木崎湖を見下ろす風景が広がります。
やがて登りよりも急な坂を下ってゆくと、先ほど分かれた湖畔の道に合流します。


坂の途中、背後の山から滾々と湧く谷川の水を一手に引き入れている屋根?がありました。
壁の穴から中を覗くと、大きな水槽になっています。実は
屋根付きの防火水槽でした。
都会では路面の下に隠れている防火水槽も、ここでは立派な屋根を持っていました。
道路わきの杉林下で、落ち葉の下に
を発見。今日は5月9日、まだ雪があるのか。


坂を下って行くと、右下に海の口上諏訪神社が現れます。参道は湖畔の道から
登るように造られているので、多くの人は湖岸の道を利用していたのかもしれません。
我々は裏口から入り、湖岸への参道を下ってみました。


境内の石垣などには、ヒカリゴケが自生しており、氏子たちは巨石や資金を提供し
この石垣を再建することによりコケを守ってきました。日中ではヒカリゴケか分かりません。


巨木で作られた立派な舞台もありますが、大分老朽化しており補修が望まれます。
参道入口には
銅戈の説明があります。銅戈は弥生時代に中国から伝わった青銅製の
武器で、やがて儀式用となりました。この神社にある銅戈は武器から儀式用に転化する
過渡期のもので弥生時代後期に日本で作られたものと言われています。
造られた場所は北九州や瀬戸内海地方と思われ、ここへ運ばれたと考えられます。
したがって、この神社の銅戈は日本最北限の銅戈として貴重な歴史資料となっています。