千国街道へ半年振りに帰って来ました。今回は、松本から出発し安曇追分
までの道を2日間かけて歩きます。松本からの塩の道は2通りあり、我々は
メインルートでもありちょっと困難な養老峠越えの道を進むことにしました。この
季節を選んだのは、北アルプスの山々に雪が来るからです。晴れ渡った空に
映える雪山を眺める旅になりました。


千国街道の出発点は、松本中央2丁目交差点と千歳橋交差点の中間、
ICI石井スポーツのあるT字路です。そこにはこの写真の
ぜん光道の道標
右へ進むことを示しているので、ここから蔵の街でもある中町通りへと入ります。

 ここから390m続く中町通りには、なまこ壁の土蔵が多く見られますが、
 それは江戸末期や明治時代に大火に襲われたからです。昔は酒造りや呉
 服問屋が並んでいたこの通りも、今では民芸品や工芸品を置く店が並び、
 松本でも独特の雰囲気を持つ町となっています。旅の途中ではなく、じっく
 りと寄ってみたい場所です。

商店街でも異彩を放つのがこの店、
カレーの店「デリーです。古い蔵造りの建物で
インドチキンカレーやカニコロッケカレーがお勧めです。水曜日が定休日なので注意!


390m進むと国道143号に突き当たり、塩の道はここを左折します。その角には
不思議なことに
現役の井戸が有りました。左折するとすぐに女鳥羽川を渡ります。


橋を渡ると左側に有るのがヒカリヤです。ヒカリヤヒガシが日本食のレストランで
ホテルニューオータ日本料理慶屋で腕を振るった南雲信雄板長が担当し、ヒカリヤニシ
ではジェイキュイジーヌトビラの料理長だった田邊真宏がフレンチを振舞います。
この日も観光バスに乗った団体さんが店の前を塞ぐようにひしめき合っていました。
80m程進むと、
漬物処の水城があります。農林水産大臣賞の看板が誇らしげです.

再び100m、右に丸山歯科を過ぎた辺りの左側に、コロッケ50円の店を発見。
思わず買って、歩きながら食べることにしました。.これが揚げたてで、とても50円
とは思えない美味しさ。みなさんも店が開いていたら是非御賞味ください。

しょうゆの小原商店
ステンドグラスの虫籠窓
二ツ井戸小路

コロッケから100mでしょうゆの小原商店があります。カネコというブランドで美山懐石や
カネコ天然醤油を販売中。城東2丁目の交差点を過ぎると左側にあるのは、みそ、
つけもの、こうじの店
萬年屋。.その前には次のような案内板がありました。

 
   捨堀の土塁跡
 今から三八五年程前、秀吉の命で松本に入った石川数正は、城の基礎を築き
 その子康長によって完成された。
 その後更にこれを強化するために惣堀の東側に堀を巡らす工事を起こした。
 しかし徳川の知る所となり改易の一因になったと言われている。
 堀は三百米位で、未完成のまゝに打ち捨てられた(捨堀)当家に現存している
 土塁は当時のまゝに原形を保存してある。
 堀の部分は明治初年に埋められている。
    平成八年三月




肉のきらくがある交差点は右に宝栄寺がありますが、非常に分かりづらい場所で
塩の道は、ここで善光寺道と分かれ、左へと入ってゆきます。向いは
中央製作所
なので、その間を進むと右に
常法寺小路の道標があったら正解です。


善光寺道から分かれ入った塩の道は、次々と右左折を繰り返し養老峠へと登ります。.
国道から入って最初に曲がるのがここ、
信濃屋海苔店の角、この道へはみ出したように
建つのが海苔店です。この角を今度は右へと曲がってゆきます。.


そこで、我々を追いかけて声を掛けて下さったおじいさんがいました。.我々が街道を
歩いていると思って、
江戸時代の古地図を持って我々にアドバイスをくれました。
地図を見ると寛政年間松本城古絵図とあります。そのほかに
菓子処徳若の古い
案内書もいただきました。これは松本博物館長の田中盤が紹介した菓子運搬具の
記事で、この辺りにある徳若から松本城内へ菓子を納めるときに使われた箱です。


次のポイントは武井砂糖たばこ店ですが、これから峠道となりもう昼食を摂る場所も
無いと思われたので、
萩町の交差点を左に入り飲食店街を発見。焼肉店や中華料理屋
などが数件並ぶ小さな飲食店街でしたが、その中で惹きつけられたのがこの店、
とんかつ美味遊食とんこです。とんかつと海老フライ定食やとんかつ丼でエネルギーを
貰いました。ママも美人で、みなさんも養老峠を前に是非ここでエネルギーを!!!