正念寺境内の外れまで行くと、道はY字路に別れその真ん中には樹齢800年の大きな欅
2本そびえます。ここは
耳塚古墳と言って、千五百年前の安曇族王の墓です。その敷地内にある
お堂には幸神社の神殿と蚕玉神が安置され、また欅の前面には金比羅大神の石碑と
道祖神が祀られております。お参りを済ませ先に進むのですが、五千石街道は左へと向かい
右へと進むと
百瀬陣屋跡に突き当たります。本来はそちらが旧道のように思えるのですが
陣屋の先で街道へ戻るルートが消滅してしまっているようなので、我々は左へと進みます。


150m進むと、右側のラーメンあがれ屋が現れ、その先40mの角、カーブミラーが
付いているところを右へと入ってゆくと百瀬陣屋跡になります。お急ぎの方は
そのまま直進すれば五千石街道の松本方面ですが、ここはちょっと寄り道したいものです。


街道から小径へ入ると右には
古い土壁の屋敷があります。その小径を160mほど
入ってゆくと右から耳塚古墳からの道を合流し百瀬陣屋跡の
長い土塀へと続きます。

 
 
松本市史跡 百瀬陣屋跡
 
所在地 松本市寿百瀬1169番地
  所有者 近藤 暢

 
由緒・来歴
 江戸時代この地は諏訪高島藩領の東五千石に属していたが、明暦三年(1657)領主の弟に、
 内田・赤木の千石余りの地を分知しこれが旗本諏訪氏百瀬陣屋のはじめとなった。当初は
 内田に代官所がおかれていたが、寛文十一年(1671)赤木山の入会の山論が起こったので
 所領変更をし、内田・赤木の代りに、瀬黒村、竹渕村、白川村、と百瀬村の一部を知行所とし
 ここに代官所がおかれた。当初の代官は三井氏が、享保(1716)の初年より、萩原氏と近藤
 氏とが交代で代官をするようになりその後近藤氏が御用人格兼代官となり以後明治維新まで
 続いた。明治維新後、全国の幕府領は朝廷のものとなったので、旗本領であった百瀬代官所
 も廃された。陣屋は間口五間、奥行三間で茅葺屋根であったが、近年に至って瓦葺に改めら
 れた。建築年代は不明であるが江戸時代中期以後と推定される。屋敷地は土居と枡形にかこ
 まれ旧態を存している。
       
 昭和五十三年七月                 松本市教育委員会


この付近はすっかり住宅地となってしまいましたが、この屋敷の敷地にはいると江戸時代を
感じます。現在も近藤さんがお住まいで、代官をされていた頃とずいぶん世の中が
変わってしまい、代官だった近藤さんが、この平成の世の百瀬をご覧になったらどんな気持ち
になるか心配になってきました。声を掛けさせていただきましたが、お留守のようだった
ので、ちょっと失礼し中を拝見しました。確かに瓦葺の建物がありますが、それはとても
質素で農民からの無理な搾取もない良い代官だったのではないかと想像してしまいました。


再び、来た道を戻り街道へ出ます。五千石街道へ出てすぐのところには
寿司の藤てつ
ありましたが、まだ11時で昼食には少々早く、諦めて先へと進むことにしました。


すぐ先で歩いてきた県道288は左から来た太い道と合流し歩道付きの安全な道になります。
その合流地点右には、
アップルランド寿豊丘店があります。これは地域に密着した食品
スーパーということで、松電ストアが平成4年に改名してできたスーパーマーケットです。
松本を中心に50弱の店舗を展開しているので、これからもお世話になるかもしれません。


街道も広くなると
コンビニなど現れ、我々街道ウォーカーには便利になります。
しかし交通量が多くなり、排気ガスや騒音はいただけないもので、痛し痒しといったところ、
そんな街道に
雀おどりの付いた本棟造りの建物発見、塩尻の雀おどりと違い、羽が
上へ跳ね上がっているのが特徴なのでしょうか、今までに無い形です。


整然と並んだ建物は
寿田町団地です。ここまでやってくると見える山々も変わります。
正面に見えてきたのは北アルプスの
爺ヶ岳、そしてその右の高い山は鹿島槍ヶ岳
双耳峰です。更に右には五竜岳も見えるのですが、道路標識の陰になってしまいました。
このラインは大町の手前まで続きますので、これら山々のシーンを紹介できるでしょう。


団地の終盤には不二家松本寿店のペコちゃんが我々を見送ってくれます。
団地の終わりに小さな交差点を過ぎ、その先は
竹渕の交差点になります。
ここで右後ろから来る県道289と合流します。五千石街道にはいくつかのルート
があるといわれています。この県道289もその一つかも知れません。
交差点から160mで
田川の土手にぶつかりますので、ここはひとつ登ってみましょう。


田川は塩尻峠の茶屋直下から流れ出し、柿沢で渡った川を合流し、この先北松本駅
付近で奈良井川へと注ぎ、梓川から犀川、千曲川、信濃川となり日本海へと向かいます。


最初に現れたのは
人道橋ですが、ここは渡らずなおも県道を進み470m先の寿橋を渡ります。
その間歩道も無く、土手も歩けず、車の往来も多く少々危険な道となりますので注意しましょう。


ここが寿橋、歩道もあり渡りやすい橋です。県道288もこの橋を渡り田川と平行する
県道295に合流して終わります。我々も橋を渡ったら右折し土手の道を少々進み
140m先の横断歩道のところで、土手の道を横切り、県道295へと降りてゆきます。