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正念寺境内の外れまで行くと、道はY字路に別れその真ん中には樹齢800年の大きな欅が 2本そびえます。ここは耳塚古墳と言って、千五百年前の安曇族王の墓です。その敷地内にある お堂には幸神社の神殿と蚕玉神が安置され、また欅の前面には金比羅大神の石碑と 道祖神が祀られております。お参りを済ませ先に進むのですが、五千石街道は左へと向かい 右へと進むと百瀬陣屋跡に突き当たります。本来はそちらが旧道のように思えるのですが 陣屋の先で街道へ戻るルートが消滅してしまっているようなので、我々は左へと進みます。 |
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150m進むと、右側のラーメンあがれ屋が現れ、その先40mの角、カーブミラーが 付いているところを右へと入ってゆくと百瀬陣屋跡になります。お急ぎの方は そのまま直進すれば五千石街道の松本方面ですが、ここはちょっと寄り道したいものです。 |
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街道から小径へ入ると右には古い土壁の屋敷があります。その小径を160mほど 入ってゆくと右から耳塚古墳からの道を合流し百瀬陣屋跡の長い土塀へと続きます。 |
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この付近はすっかり住宅地となってしまいましたが、この屋敷の敷地にはいると江戸時代を感じます。 現在も近藤さんがお住まいで、代官をされていた頃とずいぶん世の中が変わってしまい、代官だった 近藤さんが、この平成の世の百瀬をご覧になったらどんな気持ちになるか心配になってきました。 声を掛けさせていただきましたが、お留守のようだったので、ちょっと失礼し中を拝見しました。 確かに瓦葺の建物がありますが、それはとても質素で農民からの無理な搾取もない良い 代官だったのではないかと想像してしまいました。 |
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再び、来た道を戻り街道へ出ます。五千石街道へ出てすぐのところには寿司の藤てつが ありましたが、まだ11時で昼食には少々早く、諦めて先へと進むことにしました。 |
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すぐ先で歩いてきた県道288は左から来た太い道と合流し歩道付きの安全な道になります。 その合流地点右には、アップルランド寿豊丘店があります。これは地域に密着した食品 スーパーということで、松電ストアが平成4年に改名してできたスーパーマーケットです。 松本を中心に50弱の店舗を展開しているので、これからもお世話になるかもしれません。 |
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街道も広くなるとコンビニなど現れ、我々街道ウォーカーには便利になります。 しかし交通量が多くなり、排気ガスや騒音はいただけないもので、痛し痒しといったところ、 そんな街道に雀おどりの付いた本棟造りの建物発見、塩尻の雀おどりと違い、羽が 上へ跳ね上がっているのが特徴なのでしょうか、今までに無い形です。 |
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整然と並んだ建物は寿田町団地です。ここまでやってくると見える山々も変わります。 正面に見えてきたのは北アルプスの爺ヶ岳、そしてその右の高い山は鹿島槍ヶ岳の 双耳峰です。更に右には五竜岳も見えるのですが、道路標識の陰になってしまいました。 このラインは大町の手前まで続きますので、これら山々のシーンを紹介できるでしょう。 |
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団地の終盤には不二家松本寿店のペコちゃんが我々を見送ってくれます。 団地の終わりに小さな交差点を過ぎ、その先は竹渕の交差点になります。 ここで右後ろから来る県道289と合流します。五千石街道にはいくつかのルート があるといわれています。この県道289もその一つかも知れません。 交差点から160mで田川の土手にぶつかりますので、ここはひとつ登ってみましょう。 |
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田川は塩尻峠の茶屋直下から流れ出し、柿沢で渡った川を合流し、この先北松本駅 付近で奈良井川へと注ぎ、梓川から犀川、千曲川、信濃川となり日本海へと向かいます。 |
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最初に現れたのは人道橋ですが、ここは渡らずなおも県道を進み470m先の寿橋を渡ります。 その間歩道も無く、土手も歩けず、車の往来も多く少々危険な道となりますので注意しましょう。 |
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ここが寿橋、歩道もあり渡りやすい橋です。県道288もこの橋を渡り田川と平行する 県道295に合流して終わります。我々も橋を渡ったら右折し土手の道を少々進み 140m先の横断歩道のところで、土手の道を横切り、県道295へと降りてゆきます。 |
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