徳次郎を過ぎると桜並木は杉並木と交代します。


ホテル丸治の反対側からバスに乗って、昨日のゴール下金井へやってきました。
このバスルートは本数も多く、待たずに乗れるので便利でした。昨日歩いた道を
見ながら30分弱の乗車、今日も良い天気頑張って今市まで歩きましょう。


直ぐに現われたのが、高谷林一里塚。日本橋から二十九里の塚で、
28番目の上戸祭一里塚と同様に昭和58年に修復を受けています。


一里塚から2分ほどで、東北自動車道の高架をくぐります。宇都宮インターから
直ぐの場所です。宇都宮インターは市街地からかなり離れた場所にあり、日光
へ行くためのインターのような気がします。どちらかといえば鹿沼インターの方が
宇都宮市街には近く、市民にとっては不便な配置ではないでしょうか。


高速をくぐるとイギリスのお城のような建物がありました。よく見ると
水道施設で
井戸のようです。ここから度々出現します。田川の伏流水
を取水し水道水を作っているのでしょう。隣は
大谷道の道標で、山王
団地入口交差点の真ん中にあります。大谷道は大谷観音へ通じる道で
日光の参拝客を誘ったのでしょう。


徳次郎交差点手前には徳次郎城址の案内板が、その方面を望むと
小高い丘があり、その向こうは田川なので丘の上に建っていたのでしょう。
宇都宮22代城主国綱の家臣新田徳次郎昌言の居城で宇都宮城の
北方を守っていました。
徳次郎の交差点に来ると、もの凄い数の
自転車が日光街道を横切っていました。何かの大会かと思いきや
ガードマンに尋ねたところただのイベントだとのこと、街道ウォーカー
にはサイクリストの情報が無いため、分かりませんでした。


徳次郎から720m智賀都神社です。大きなケヤキは天然記念物で、樹高
40m、幹周りは7〜8m、推定樹齢は700年だそうです。将軍達の日光参拝を
全て見てきたことになります。神社の沿革は、日光二荒山神社より宝亀九年に
勧請したものです。

 
神社の後方には高齢者ケアセンターがあり、その前の中央分離帯には
6本の杉の木が。地名にもある
六本木のレプリカを作ったようです。
本物の六本木は何処にあったのでしょうか。


ケアセンターとなりのランスタッドテクノセンターの庭には菜の花が満開。
その先には
大網道と刻まれた立派な道標がありました。


徳次郎変電所からは、一旦並木道が途切れます。この先には
本陣跡
である飯野さんのお宅があるのですが、特定することは
出来ませんでした。再び桜並木が始まり、4月末なのにまだ花が
咲いていました。やはりこの辺りは寒いのでしょうか。


船生街道入口交差点の角にあったのは六本木一里塚跡
江戸から30番目の一里塚です。北側だけが残っておりました。


直ぐ先には、屋根で保護された十九夜塔。天保11年と刻まれた如意輪観音像です。
十九夜講は女子の集まりで、別名子安講といって子どもの安全や安産を祈願しました。
7分ほど進むと右側に二宮尊徳先生遺跡
石那田堰と書かれた標柱がありました。
嘉永五年(1852)、尊徳の指導により六郷を潤す用水が作られました。先生は色々な
土地で頑張っていたんですね。彼の足跡を追いかけてみたいと思いました。


周りのりんご畑が多くなってきました。その一つ荒牧りんご園は大きく
その入口の芝桜は見事でした。直ぐ先が
猪倉街道入口です。


猪倉街道入口から振り返ると素晴らしいトンネル並木です。

 
 
トンネル並木を抜けると、開けた景色の場所です。下を流れる田川
向こうの橋(日光道)手前で赤堀川と合流します。


橋を渡って登り坂に掛かる途中にあるのが、石那田八坂神社です。
スサノオの尊を祀るこの神社は、明暦元年(1655)に始まりました。
この年この村では疫病が流行り、京都の八坂神社から御霊を願いうけ
祀ったところ疫病が治まったという言い伝えがあります。



ここで毎年七月下旬に行われるのが、
天王祭。京都八坂神社の流れを汲み
夏の疫病退散を祈願して1週間行われます。6台の屋台は江戸後期から明治
初期の作で、日光東照宮の彫刻師が腕を振るったきわめて完成度の高い逸品です。
向かいの農園では、
とちおとめを販売していたので、御馳走になりました。

 
 
桜並木から杉並木に変わり、30分ほど行くと左側にうらない仏があります。
由来では
お願い地蔵と有りますが、願掛けをした後、台座においてある
三ッの石を持ち上げて軽ければ願いが叶うといわれています。つまり
石で占うのでうらない仏ということらしいのです。



 
新渡神社を過ぎると、宇都宮市と分かれていよいよ日光市に入ります。
入口には
石仏と宇都宮市水道局の井戸がありました。


時間は10時46分ですが、この先蕎麦屋さんがなさそうなので早めの昼食を
そば処栗山でいただきます。朝食が6時30分だったので十分空腹です。
大根の千切りが大量に載った蕎麦は中々の美味しさでした。


田植えを待つ水田の脇を進みますが、その向こうに雪山はありません。
この季節、雪山が美しかった安曇野の千国街道を思い出します。

 
国道は左の並木が無い広い道を進みますが、我々は旧日光街道の
細い並木道を行きます。ともに国道119号線なのが面白いところです。
ここは更にその脇の歩道、木陰を快適に進みますが、傾斜が出てきました。

 

旧道に入ると並木寄進碑があります。これは松平正綱が東照宮に
杉並木を
寄進した記念碑です。ここから本物の日光杉並木が始まり
ます。石柱には特別史跡・特別天然記念物 
日光杉並木街道とあります。

 
 

御覧くださいこの杉並木を。やはり規模といい、太さといい杉並木といえば日光
なのでしょうか。この先は恐ろしいほどの大きさと長さの杉並木が待っていました。