杉戸宿には旨い酒が、しかし駅は東武動物公園駅になってます。


立派な古い屋敷を左に見て、突き当たったところが、堤根南交差点です。
ここで再び、国道4号線に合流します。


右に馬頭院がある場所の左側には、案内板だけの新知学校跡がありました。
この
馬頭院に明治六年堤根村と本郷村連合で建てられました。後に
堤郷尋常小学校となり、明治35年までこの地にありました。その先は40km
ポスト。やがて国道は堤根交差点で左へと旧道を分けます。

 
 
堤根Y字路には東栄石材店があり、その店先に面白い石碑を発見。
我々チームも最年少が60歳になったので、この碑文が胸に染みます。


堤根からの旧道が杉戸宿です。旧家はないかと探していると、
右側に現れたのは、
茶のいとや(写真左)、その先杉戸町役場を
過ぎると同じく右に
関口酒造。原酒とかかれた看板に吸い寄せられます。

 
甲州道中から、造り酒屋があると必ず試飲を求めるおじいちゃん達です。
今回も早速店内へ、関口酒造は文政五年(1822)創業、一升瓶のすぎと七福神
が有りましたが、途中で飲みたくて2合瓶の
杉戸宿を4本御購入。店内は
レトロ感一杯で昔の絵やトロフィーなどで溢れていました。

 

その先のJA農協を右に入ると近津神社があります。優雅で伸びやかな彫刻が見事な
神社ということなのですが、入口の看板には平成13年5月不審火により
焼失しましたと、
あります。なるほど社殿はすっかり新しくなっており、彫刻も見当たりません。
神社の彫刻といえば長い街道道中で一番素晴らしかったのは甲州道中教来石の
諏訪神社本殿でしょう。小さな村社ですが、よく覚えております。
参道右には天保年間の石碑が無造作に寄せられています。ここの狛犬はちょっと
珍しく、裏から見ると首が無いように見えます。
 

明治32年に開業した杉戸駅は、その後昭和56年に東武動物公園駅と
名前を換え今日に至ります。我々が利用する小田急線も西生田駅が読売ランド前駅に
なったり、大根駅が東海大学前駅にと、時代やニーズに合わせて、換わって
きましたが、おじいちゃん達には、いまひとつしっくり来ないものがあります。
きっと、この杉戸のおじいちゃん達もそう思っていることでしょう。
その駅への入口になるのが、ここ
本陣跡地前交差点です。
本陣跡の案内板は見つかりませんでしたが、
明治天皇御小休所跡碑
三井住友信託銀行の敷地に建っていました。


堤根から2kmほど続いた旧道の直線も、この曲がり角で終わります。
はるか手前からこの蔵を伴った旧家が目立っていましたが、近づいて来ました。


しかし、その手前右の丸井酒店の看板に、また吸い寄せられて
しまいました。看板には「日本の地ビールvs世界のビール」とか
「今年も始めました!
エビス(樽生)450円生ビール中カップ
持ち帰りできます!!」とあります。持ち帰れるのなら、店内で
一杯できるのではと、早速入って御馳走になりました。


曲がり角の旧家手前には、小さな道標があり、左久喜方面、右幸手方面とあります。
蔵造りの旧家を左に見て、次の石井酒造まで一直線に4400mです。

 
突然電信柱に現れたのは、昭和22年のカスリーン台風時の浸水深さを
現す青テープです。昭和22年9月15日夜、今回のゴール古河に近い
利根川の堤防が決壊し、これから進む幸手・栗橋が大きな被害を受けました。
また、中山道で見た熊谷の荒川土手(写真右)も決壊し、二つの濁流が
東京の下町まで到達したのです。この先にはこの青テープが頻繁に
出てきて、洪水の恐ろしさを啓発していました。ちなみにこの場所は
30cmの水深だったということです。進むに従って深くなっていきます。


600mで国道4号線と合流し、国道を2600m進みますが、特に見所も無く
退屈な道です。国道との合流地点にはペコちゃんポコちゃんが屋根の上で
応援してくれます。隣は国交省の国道事務所で、騒音計が異様です。
更に隣は、マルクワ家具杉戸工場を改築し東京インテリア家具店になります。
幸手団地入口交差点(写真下中)は杉戸高野台駅入口になります。

 
 
杉戸高野台駅入口から650m、やっと長かった国道歩きと別れ
左の旧道へと入って行きます。しかし地図で確認すると、左へ曲がる
のではなく、国道が右へとカーブし、旧道は御成道と合流するまで
一直線が続くのです。旧道に入ると景色を圧倒するのは
ジョイフル本田の大型ホームセンターです。


東武日光線の踏切を渡り、少し行くと高架橋の工事中。
これは首都圏中央連絡自動車道で、左久喜白岡ジャンクションから
右幸手へ向かい、工事が進んでいるとこです。我々が良く使う
中央高速〜関越鶴ヶ島の
圏央道がこれで、鶴ヶ島の先
桶川北本〜白岡菖蒲間が開通すれば、都内を通らず東北道へ
行けます。予定では木更津まで延びるとのこと、便利になります。


やっと日光御成道との合流点に来ました。ベルクに突き当たるのが
日光街道、左から合流するのが御成道で、川口・鳩ヶ谷・岩槻を
抜けてきます。家光の時代に整備され、代々将軍はこの道を通って
東照宮に参拝しました。小さな橋の元に案内板があります。

 
 
 
突き当たりのショッピングセンターベルクの右側に店舗を構える
のが
石井酒造です。造り酒屋ですので、早速試飲と参りましょう。
銘柄は初緑で、マイボトルをもうっていれば量り売りで飲めます。
1合105円〜と、リーズナブルで、近所に有ったら毎晩買いに
来たいと爺さん達は喜んでいました。試飲のほかに、今夜の分を
購入し、酒蔵をあとにしました。

 
ベルク前を右折して、踏切を渡ると、旧国道4号線に合流します。
そこで倉松川を
志手橋で渡りましょう。もうそこは幸手宿になります。


幸手駅入口交差点手前左には明治天皇御幸手行在所跡碑です。
明治天皇はこの行在所に5泊されておりました。最初が明治14年
山形秋田北海道巡幸の際、行きが7月31日、帰りが10月10日、
また明治29年10月、近衛師団小機動演習天覧のため20日より
3泊となります。29歳と44歳のときです。
駅入口から100m、
旅館あさよろずが、本日のゴールです。
街道沿いにあり日光街道を旅する方には非常に便利です。
宿の紹介は、別のページで行います。