とても暑い中を、ひたすら旧国道を歩きますが、史蹟が少なく冷たいものを食べてばかり。


再び旧国道の一直線が続きます。変わらない風景の中、見えてきたのは
武蔵野線の高架、ここは新越谷駅入口交差点(写真左)です。街道から見て
左側正面が東武の
新越谷駅、途中右手がJR武蔵野線南越谷駅になります。
南越谷駅は昭和48年、新越谷駅は昭和49年に開業した、比較的新しい駅です。
日光街道を歩く人々には、交通の便が良いこれらの駅を利用すると良いでしょう。
我々は、武蔵野線のガードをくぐって、北へ向かいます。


武蔵野線から490m、左側にあったデニーズに思わず飛び込んで
しまいました。相変わらず外気は非常に暑く、湿度も高いため、冷房と
冷たいもの、そして椅子が欲しくなります。普段なら滅多に食べない
これが、最高のご馳走となりました。


武蔵野線から1200m、瓦曽根ロータリーで街道はY字路になります。
旧道は細い左へと入って行きます。右側の街路樹の向こうは
照蓮院
ありますが、寄ることはありませんでした。この寺は、あの武田勝頼の子
千徳丸を弔うため、武田家臣の秋山信友の次男長慶が建てたもので
甲斐からこんな遠くまで、子どもを連れて逃げてきたと思うと、その
苦労が偲ばれます。その千徳丸も早世し、長慶はかなり落胆したのでしょう。


日光街道から越谷駅を望むと右に高いビルが、これはグローリオ越谷
ステーションタワーです。Aシティ、Bシティの商業施設を備えた駅前
マンション。29階の窓からは、富士山やスカイツリーも一望。関東平野の
広さを味わえる眺望だそうです。一方、街道には
旧家が3軒並んで
います。他では見られない特徴は、2階の窓が小さい、もしくは無いこと。
この家は、
塗師屋という小泉市右衛門宅で、先祖は塗師であったが、
綿織物・麻織物を扱っていた太物呉服店でありました。


2012年3月17日から、浅草駅〜東武動物公園駅と押上駅〜曳舟駅間に
東武スカイツリーラインという愛称を付けられた
東武伊勢崎線。伊勢崎市の
人々は「いっさき」と発音し、親しんできた伊勢崎線ですが、この旅の地図
でもスカイツリーラインを採用しました。しかし写真のように伊勢崎線と書か
れたものを目にすると、ホッとします。ここは越ヶ谷本町の交差点。目の前は
元荒川、これを大沢橋で渡ります。元荒川は、中山道で通った熊谷駅の
南側久下を源流とする川で、1629年荒川と分かれました。元荒川は
この先、吉川で中川と合流し、更に西葛西で荒川と、また青砥で分かれた
新中川は、浦安で旧江戸川と合流しディズニーランド西で東京湾に注ぎます。


大沢橋で右後方を振り返って驚きました。そこは鷺のコロニー
といった状態の木がありました。ざっと数えて12羽、単独で行動している
ところばかりを見てきたので、こんなに集まられると少々不気味です。


大沢橋を渡ると、街道の正面に高いビルが、これは北越谷駅前の
ライオンズステーションタワー、10分ほど行くと駅前に到着。
北越谷駅は明治32年の開業時は、「
越ヶ谷駅」その後、越谷駅が
開業したことにより大正8年、名前を譲り「
武州大沢駅」に、そして
昭和31年「北越谷駅」となった。宿場も越谷ではなく、この北越谷
にあり、将軍家忠が建てた御殿跡もあります。しかし街中に
当時の面影を見つけることは困難でした。

 

駅前から5分程行くと、東武スカイツリーラインの高架をくぐります。
この高架で複々線は終了、下から見上げるとかなり幅のある高架です。
道端には銀ピカに輝く井戸の
ポンプが、災害用でも地下には水脈が
あることを伝えてくれました。


線路をくぐると正面には、北越谷第五公園があります。元荒川の左岸に
ある公園で、この先に
宮内庁の埼玉鴨場があります。大きな池(元溜)に
集まった鴨は、訓練されたアヒルに誘導され引掘に入り、そこから飛び立とう
とするところを、叉手網(手持ちの網)で傷つけず捕獲するという猟で、
将軍や大名家が行っていたものを皇室が継承しています。今では
内外の賓客接遇の場として、毎年11月15日から翌年2月15日の間、
招かれた客が、この独自の技法で自ら鴨を捕獲します。捕獲した鴨は
国際鳥類標識調査に協力し、足環を付けて放鳥します。私はてっきり
鴨鍋にでもして客に振舞うもの思っていました。


何とか鴨場の入口に近づいてみたい、また遠くでも良いから覗いてみたいと思い
公園脇の小径を進んでみましたが行き止まりでした。再び公園入口に戻り、
旧日光街道を進むことにします。鴨場は狩猟期以外には地元住民の見学会
なども行っているとのこと、機会があれば是非中を見学したいものです。


1kmほど進むと、居酒屋かんかんの前で東武スカイツリーラインの
踏切を渡ります。きっと踏切前にあるので「かんかん」なんでしょう。
踏切から660mで
国道4号線の立体交差です。大袋駅入口交差点で
草加から7番目の駅です。春日部駅まではあと4つです。


4号線交差から11分、只今12時05分、ちょうど昼食時間ではないですか。
GOODな場所にお蕎麦屋さんが、さっそく
そば処やぶ栄に入りました。
冷たいたぬき蕎麦をいただき、元気百倍です。この先ステーキのどんや
サイゼリアはあるのですが、おじさんたちは、やはり日本そばが好きなのです。
35分ほど昼食休憩を取って、再び日光街道へ。5分で
陸橋入口交差点
ここで国道4号と合流します。290mで
せんげん台駅に到着。
日本橋から
30km、春日部まで5kmはうれしいポストです。
ちなみに東海道の30kmは東神奈川駅の先、中山道は大宮の
氷川神社、甲州道中は府中大國魂神社です。せんげん台は横浜駅より
都心に近いということです。神奈川の住民には、はるか北というイメージが
ありますが、意外と近いのですね。


230mで、せんげん台駅です。せんげん台は千間台と記述するところをみると、
千間=1,818mの台地が広がっているからなのでしょうか。しかし周りを見渡しても
台地らしきものはみあたりません。どうして千間に台が付いたのでしょう。
駅までは街道から230m、ウォーカーには便利な駅です。


駅前のすぐ先で、新方川を戸井橋で渡ります。この橋を渡れば越谷市と
お別れし、春日部市に入ります。越谷市は面積60.31km2、人口約330,000人
春日部市は面積65.98km2、人口約240,000人です。人口密度が減って
豊かな自然が増えてきます。ここにも青鷺が優雅に翼を広げています。


日本橋から32kmの地点は大枝という場所で、ここには歓喜院という武里観音
さまがあり、その境内に小さな
大枝香取神社があります。旧大枝村の鎮守で
現在でも昔からの百戸の氏子が守り続けています。すぐ先は、次の駅
武里駅入口交差点です。武里には9街区約6000世帯が住む武里団地が
あります。昭和41年に開設し、当時は東洋一の団地と呼ばれていました。
昭和34年に開設した日本の団地のさきがけであるひばりが丘団地の
郊外版といったところでしたが、5年後には計画人口34万人の
多摩ニュータウンの入居が始まり、狸も住めなくなる里山が増えます。

 
 
備後の交差点を過ぎると、国道沿いの大型店舗が並ぶ中、ちらほら田園風景が
広がります。500m進んだ右側に素晴らしいお宅がありました。国道から真っ直ぐ
伸びるエントランスの両側には控えめな植樹、その突き当りには
平屋のモダンな
住居
が、個人のお宅なのでしょうか、非常に興味をそそられました。


その先330m、備後(北)交差点には、気をつけていないと見過ごしそうな
備後一里塚跡碑が建っています。この碑の後ろ側には、粕壁の先で渡る
大落古利根川が迫ってきました。


いよいよ春日部駅の一つ手前の一ノ割駅にやってきました。まだまだ気温は高く
冷房の効いた椅子で休みたい我々は、店を探しますが、現れたのはセブンイレブンと
スーパーのマルエツ、住宅館や古本屋ばかりで、休めそうなところがありません。


緑町歩道橋の下に見つけた店はガスト。思わず飛び込みました。
普段は、カキ氷など食べないおじさんですが、この日ばかりは
冷たいものが欲しくて我慢できませんでした。


ガストの隣、セレナハイムマンション前には国道34kmポスト、我々の里程では
その先緑町交差点が35kmポスト、国道より旧日光街道1kmほど長いようです。
680m進むと、
東武野田線の高架をくぐります。ゴールは近い。

 

女子高入口交差点を過ぎ、一宮交差点を左へと進みましょう。この交差点は
Y字のように指を3本立てたような交差点で、国道は真っ直ぐ埼葛橋へ向かいますが、
旧日光街道は、斜め左へ進み春日部駅方面を目指します。女子高入口が
気になったおじさんは、ちょっと調べてみました。街道の右へ入ったところにある
埼玉県立春日部女子高等学校のことです。101年の伝統校で、公立の女子高が
あるのは我々神奈川県では考えられません。そういえば群馬県でも公立は
男女別学、私立が共学だったような気がします。他の県ではどうなんでしょう。


一宮を左折すると、日光街道が市街地を1000m貫いています。電信柱も
撤去された美しい通りとなりました。店の前には旧日光街道粕壁宿と書かれた
木のベンチがあり、旅人への心遣いを感じました。


ひときわ目立つのはロビンソンデパート。アメリカ西海岸のロビンソンと提携し
イトーヨーカ堂の子会社として出発したデパートで、クレヨンしんちゃんに登場
するアクションデパートのモデルです。



粕壁東1交差点角には古い〒ポストのある古民家があり旧道の面影を
残しています。振り返れば高層マンションですが、この一角だけ広い
空が広がります。その先の
公園橋(西)交差点が今回のゴールである
春日部駅入口です。2日間の行程で37km歩いて来ました。
しかし、30度以上の気温と70%以上の湿度の中を歩くのは非常に
危険です。雨だけでなく、このような気象も悪天候と決めて歩かないように
した方が良いと思いました。特に我々のような年配者には・・・。


春日部駅まで300mほど、途中クレヨンしんちゃんが見送ってくれました。
しんちゃんは春日部市双葉町904の住人で、1990年から大活躍です。
ボクたちも大ファンで、言葉を真似してよくママに叱られています。