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昔は盗賊のいた最後の峠を越え、とうとう京都へやって来た
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| 400mほど続く、急な坂道を登ってゆく途中、振り返ると音羽山が良く見えてきます。 この道は日岡から粟田口,蹴上へと通じる峠道で都名所図会(1780)にも出てくる 有名な峠だけど、今は車1台がやっと通れる静かな道です。 坂の下2本目の電柱あたりには昔 サイトに出ていたけど、今は看板も碑もなく、そんな面影はありませんでした。 今日は異常に車たちが抜けて行くとても怖い峠道だったのですが、 なんで抜け道になったかは、このときのボクたちには分かりませんでした。 しかし国道へ出てその理由が分かりました。 13時49分 |
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| 亀の水(梅香庵跡) | ||||
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| 国道から入って700mの場所に有るのが亀水不動尊です。 ここは、木食正禅が建てた木食寺の跡だよ。木食正禅は、ここで この峠を通る旅人の休憩所を作って、旅の安全も確保したんだ。 石で出来た大きな亀の口からは今でも清水が出ているよ。 また、敷地の中には湯茶接待用石のカマドがあって、周りに字が刻んでありました。 13時53分 南無阿弥陀佛此の攝待量救水をもって貴賤の往来にそなへまた牛馬等も |
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| 亀水から少し登ると左の電信柱の陰に「右明見道」「右かさんいなり道」と 彫られた二本の道標があったよ。その明見道に入って東海道を撮ったのが 左の写真。でもボクたちは石碑より虫。ここで見たことのない変な虫発見。 ずんぐりしたナナフシって感じで、トゲナナフシって言うんだよ。 みんな初めて見る虫だから大騒ぎになりました。ここにはジョロウグモも いたので、しばしみんなで昆虫観察会です。 14時04分 |
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| 直ぐ下は、国道1号線だけど、ここ日岡峠はとっても静かな旧道に なってるよ。右には旧東海道の石碑も見え、道を間違えていないことを 確認できます。もう旧道はこれでおしまい、パパは名残惜しそうでした。 14時11分 |
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| 亀の水から650mの旧道を満喫すると、国道に合流しました。 パパが昔来たときは、京阪の踏切を渡って国道を渡ったけど、今は線路もなく 国道が片側2車線に拡幅されて大きな通りになっています。その国道を見て びっくり、京都へ向かう2車線に車が大渋滞です。ちっとも前に進まず。 ボクたちの方が車より速く進めました。いったい何故こんなに渋滞しているのかなぁ。 14時15分 |
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| 国道に入って右側へ渡って進むと、旧舗石車石がありました。逢坂山で説明した あの車石の本物が、石垣となって再利用されているんだよ。なるほど、牛車が 通るための溝がよく分かりました。 14時18分 |
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| もの凄い渋滞は、ボクたちを楽しませてくれました。隣に並んだ車と ボクたちが歩くのと競争です。そんなことをしながら東山ドライブウェイの 立体交差へ差し掛かったとき、大津へ向かう誰も走っていない空いた車線を 京都の方から真っ黄色のランエボが飛んできて、ボクたちの前で 急停止しました。驚いてみていると中からお兄さんが出てきて ボクたちを捜していたと言いました。なんでも「黒曜石」で検索をかけていたら 偶然ボクたちのサイトに巡り会って、それから旅の記録を追いかけてきたそうです。 そろそろ九条山へ差し掛かる頃と踏んで走っていたら特徴のある ボクたちを発見してとても嬉しかったそうです。お兄さんは山科の人で ボクたちの事をきっかけに、街道歩きを始めたいって言ってました。 14時22分 黄色のランエボさんは、ボクたちに刺激され中山道の旅に出ました。 お住まいが京都なので、三条大橋から日本橋へ向かっての旅です。 時々、何処を歩いたかメールをくれるのですが、今回は面白い 写真を貼付してくれくれましたので、ご紹介しましょう。 |
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| この写真は、黄色のランエボさんが中津川付近で捉えた NHK「街道てくてく旅」で浮世絵ポイント撮影中の 勅使川原郁恵さんです。てくてく旅では、 平成18年9月18日から12月1日の間で中山道を歩きました。 しかもボクたちと違って連続で歩くのですから大変です。 そんなNHKの撮影部隊を追い越したときに撮ったそうです。 勅使川原おねえさんとも話ができたと言っていました。 いいなぁ〜。毎朝8時からBSで放送しているよ〜。 |
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| 九条の山を下りて蹴上に差し掛かったら、谷が北に方角を変えたせいで もの凄い北風が吹き上がって来ました。大した防寒着を持たなかったボクたちは しかたないので、雨も降っていないのに傘を広げて風に立ち向かったよ。 ちょうどここは、京都市水道局の蹴上浄水場の前です。7000本のつつじの山と 煉瓦造りがとても素敵な浄水場です。ここへ来る水は、琵琶湖疎水で、山を越えて やって来るんだよ。明治45年に出来た日本最初の急速ろ過式の浄水場なんだ。 14時32分 |
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| なんで大渋滞しているか分かりました。今日は京都三大祭りの一つ 時代祭の日で、武者行列が今三条通りをこっちに向かってくるので 九条山から降りてくる車を全て止めて、南禅寺方面へ誘導していたんだ。 中には三条通へ入りたくてお巡りさんに文句言っている人も居てなかなか 渋滞が進みません。ボクたちは歩きだから人ごとのように見てました。 その脇には変なトンネルがあったので入ってみたらネジリマンボという 琵琶湖疎水のインクラインの下をくぐるトンネルでした。 14時38分 |
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| 蹴上発電所の煉瓦の建物を右に見ながら三条通りへ入ってきました。 木曽川沿いでたくさんの水力発電所を見てきたけど、この発電所が最初の 水力発電所なんだって。この辺には ある人は是非寄って琵琶湖疎水について勉強してください。 ボクたちは、待ち合わせの16時には、まだ早いけど、ゆっくり三条大橋を 目指してウェスティン都ホテル京都下を、下って行きます。 14時41分 |
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| 蹴上発電所 明治24年、開通した琵琶湖疎水の水を利用して日本初の事業用水力発電所として 誕生したのが、この発電所なんだ。この写真の建物は第2期工事で建てられたもので 蹴上浄水場と同じ明治45年の建物なんだよ。ここで作った電気は、京都市内の 工場や、日本で最初の市電、鴨川の船を琵琶湖へ送るインクライン(右写真)の動力に 使われ、京都市の発展に大きな貢献をしたんだ。 |
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| まだまだ風が冷たいので、眠ってしまった佐武のバギーには傘を着けたまま 三条通を進んで行きます。交通規制が布かれているので車の往来が無く 静かな町並みを安心して歩けたよ。次はいよいよゴールの三条大橋だよ。 14時47分 |
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