大石内蔵助が討ち入り前の一年を過ごした里へ入る

逢坂山から下ってきた国道一号線。名神高速をくぐり終えて40m。
大津警察署藤尾交番が見えたら、その左の道へ進むましょう。
前回パパが来たときは改築中だった正面に見える
佛立寺の屋根も目印。
ここからは、山科の盆地に入って行きます、京都はもうすぐ!

12時24分

大きな地図
交番から旧道へ入って123m行くと真ん中の写真の道路標識が有ります。
この道路標識を、みなさんはどう理解しますか。ボクにはよく分かりません。
でも地図で見ると、ここから233mの間、道路の真ん中から右側が
滋賀県大津市追分町、道路の左側は京都市山科区八軒屋敷町と髭茶屋屋敷町です。
県境が道路の真ん中を通っているってちょっと面白いと思いました。
なるほどマンホール好きなパパが見つけたのが左右の写真。
狭い道路の両側に
大津市のマンホールと京都市のマンホールが並んでます。
これは全国でも珍しい道路だとパパはとても喜んでいました。
マンホールのことは、そのページに行くといっぱい出ています。

12時26分
県境を歩く道は、この宇治への追分で終わるよ。ここにある標識も
理解しがたいよ。右、大津市、左、京都市と書いてある県境の看板が
立っている位置よりも、左へ二軒分行ったところが県境なんだ。
だからここからの870mは、両側とも大津市になるんだけど、左側の家
一軒分だけが大津市で、その裏の家は京都市の家なんだよ。
右側に、国道1号線へ合流する
国道161号線のインターチェンジ
見ながら緩やかな坂道をどんどん下って行きましょう。
インター沿いにあった
上横木町地蔵尊には、おばあちゃんがお花をあげていたよ。
12時30分
左の写真の場所に来たら、東海道は国道1号線に分断されてしまうから
横断歩道橋へ登ります。ここは名神高速の京都東インターと、さっきの161号線の
インターのど真ん中で、歩道橋の上から見ても道路標識はたくさん有って
車を運転する人は、間違えないで走れるのかなぁと、とっても心配になりました。
いつもの事だけど、パパとママは歩道橋があるとこんな感じで
苦労します
佐武は気持ちよさそうにバギーに乗ってるけど、二人は気合いが入ってます。

12時37分
歩道橋を降りると、70m進んで旧道へ戻ります。この歩道橋は、これで4回目だと
パパは感慨深そうに振り返って見ていました。そんなこと知らない平次は、
道ばたの草の中にテントウ虫を探していました。

12時40分
この仕出し屋さんのところを右に進むのが東海道です。
300m進むと左側に
京都市の標識が出てくるよ。道路を見ても
歩道の白線がしっかり書かれているのが京都市なんだ。
とうとうボクたちは京都にやって来ました。
寝物語の里で入った
滋賀県ともここでお別れだよ。ちょっと寂しい気持ちになりました。
12時44分
京都市に入って444m、右側に変な形のお寺が有りました。
山科廻地蔵って看板と、徳林庵という看板が下がっています。
この辺は四ノ宮って言う土地なんだけど、それは仁明天皇の第四皇子
だった
人康親王が、目を悪くしてこの辺で療養していたんだ。
その皇子は琵琶が上手で、江戸時代の琵琶法師のあこがれの的で
琵琶法師たちが、よくこのお地蔵さんにお参りに来たんだよ。
彼を弔うため天文年間に南禅寺の雲英禅師がこのお寺を建てたんだって。
また、ここに祀られている地蔵菩薩は
京都六地蔵にひとつで、
後白河天皇が、京都を守るため町の入り口六カ所に地蔵を配置したんだ。
この四ノ宮地蔵は、もちろん東海道を守るためのお地蔵さまなんだよ。

12時52分
地蔵堂の前には、ボクたちが大好きな手押しポンプがあったよ。
早速、みんなで順番に水をくみ上げて遊びました。この井戸の筒、井筒には
京都、大阪、名古屋、金澤、奥州、上州、
宰領中って彫ってありました。
宰領というのは、荷物を運ぶ人夫に付きそう監督だけど、中が付くと
どんな意味になるのかなぁ。各地の監督が寄進したのだろうか。

12時56分
南北朝時代末期から営業している奴茶屋は、山科駅前のビルの中に入っています。
この茶屋を開いた人は
片岡丑兵衛といって弓の達人なんだ。昔この辺の、山科から
京都にかけては、盗賊がたくさんいて旅人を悩ましていたんだ。それに怒った丑兵衛が
弓で盗賊を退治して街道の安全を確保したんだよ。そしたらみんなに喜ばれ
いつしかこの茶屋を奴の茶屋と呼ぶようになったんだ。現代風に言えば「やつの茶屋」
って事になるけど、決してののしって呼んでる訳じゃないと思いました。
奴茶屋は今でも営業していて、お料理が食べられます。お昼時の人は寄ってみて。
13時01分
右の石碑は、
五条別れの碑です。ここを真っ直ぐ東海道を行けば三条へ、左の
渋谷街道を進めば五条に出ることから五条別れと呼ばれました。
13時14分
五条別れからS字に緩い坂を下って行くと、国道一号線に出ます。
そのまま東海道を行く人は、信号を渡ってください。
天智天皇陵を見学
して行く人は、国道を渡らず、右へ国道を「進んでください。
ボクたちは国道を渡って、
JRのガードをくぐり旧東海道を目指します。
でも、この一角は国道や京阪電車、JR線路などが錯綜して旧道が
分断されているんだ。本当の旧道はどこなのか分からないと思います。

13時21分
JR東海道線のガードをくぐって160m進むと左に入る小径があってそれが東海道です。
国道の反対側には天智天皇陵への入り口が見えるから、それが目印だよ。
でも
ボクたちは違う道を行きました。ガードから80mの左にあったのが公園への
入り口なんだ、この公園は昔京阪電車の線路だったんだけど、地下鉄に
なったため跡地を公園にしたんだよ。
陵ヶ岡みどりの径って言う名前だよ。
中に遊具が見えたから佐武もおろせおろせと大騒ぎ。パパもあきらめて
公園で遊んで行くことにしました。ママも遊具に乗って大はしゃぎ、やっぱり公園は
楽しいです。空を見ろってパパが言うから見たら、
大きな飛行船が飛んでいました。
ボクたち飛行船を見るのは初めてだったからびっくりしました。
熱気球には
乗ったことがあるボクだけど、今度は気持ちよさそうな飛行船に乗りたいな。
公園は、昔の
みささぎ駅があった国道まで続くけど、真ん中で東海道が横断
しているので、そこから左に曲がって東海道を進みました。

13時23分〜13時42分
細い細い東海道を行くと、急に周りが開けて京都大学花山天文台の山に向かって
ゆっくりと登って行くよ。畑の向こうには陵ヶ岡小学校が見えるけど、残念。
これから最後の峠
日ノ岡峠へ向かって登って行きます。ずごく寂しい気持ちです。

13時45分
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