「急がば回れ」とは、琵琶湖の舟を避けて瀬田の唐橋を進むこと。

草津本陣から90m進むと、道の両側におもちゃ屋さんが有るという
信じられない場所にやって来ました。街道沿いにおもちゃ屋さんがあったら
必ず寄って何か買ってくれるというパパの約束、ボクたちは大喜び!
京栄玩具店と
京八玩具店。どっちにしようかなぁ?結局おもちゃを
たくさん置いて有りそうな京八にしました。平次も佐武も買ってもらって
大きな袋に入れてもらいご機嫌です。おじさんもとっても親切でした。

10時42分
草津宿街道交流館を過ぎたところにあったのは、お菓子屋さんの松利老舗
ここにはとっても大きなドラヤキがありました。あのドラエモンの好物です。
ボクの顔くらい大きな
ドラヤキを早速買ってもらい、みんなで食べました。
アーケードが切れる辺りには立派な建物の
太田酒造がありました。
ここには古い大きな看板があって、道灌って書いてあるよ。太田道灌だね。
この太田酒造は政所と呼ばれていて草津宿を仕切っていた
問屋場なんだよ。
10時51分
本陣から500m、宿場の外れには野村屋旅館が有りました。旅館の先は大きな森に
なっていて、東海道を右に外れると
小さな赤い橋が架かっていたので、森の中へ
入ってみることにしました。ここはどうやら大きな神社のようです。

10時59分
立木神社には、裏から入ったけど、そこには鎮守の森でもひときわ大きな
ウラジロガシの巨木が有りました。この神社が何で立木神社という名前なのか
というと、昔々、称徳天皇さまが、鹿島を発ってこの地に来たとき、杖に使って
いた柿の棒を、地面に立ててこの木が生えてきたら、大和の国は平和だと
言ったら本当に生えてきて、土地の人は驚いて立木神社を造ったんだって。
守山の東門院は仁王様だったけど、立木神社はお雛様と同じ、
右大臣左大臣
が社殿の左右におっかない顔をして座っていました。チビどもはビビッて
近寄ろうとしません。でも
鹿の狛犬には興味があって背中に乗りたがりました。
11時03分
立木神社から4軒進んだ処に、御饅頭福助堂という和菓子屋さんが
有りました。きっと昔から神社に参拝に来た人達にお菓子を売っていたんね。
ボクたちも早速寄って
柏餅を買いました。昨日は5月5日で、端午の節句じゃないか
パパの誕生日ですっかりケーキになったけど、本当は柏餅を食べる日なんだと
パパは言って、ボクたちに買ってくれました。

11時06分
福助堂から100m足らずで矢倉橋です。橋の南詰に腰を下ろせるところが
有って雨もやんだので、大きなドラヤキと柏餅を食べて休憩しました。

11時16分
国道1号線が、京都市内を避け大阪へ向かう京滋パイパスというのがあるけど
その分岐がここ矢倉にあります。丁度、
古川酒造から東へ300mの位置だよ。
京都市内は混むから、大阪へ行きたい車は、
急がば回れで、このバイパスを
利用するんだね。古川酒造から125m進むと、
瓢泉堂という今では全国でも
珍しくなった
ひょうたん屋さんがあります。広重が描いた東海道五十三次の
草津宿は、この瓢泉堂の前なんだよ。そのお店の前には大きな石碑があって
この
矢橋追分を右に曲がると矢橋港へ行くんだ。そこから舟に乗って
大津まで行けば、東海道は短くなるんだけど、室町時代の連歌師宗長は、

「もののふの矢橋の船は速けれど急がば回れ瀬田の長橋」

と詠んだんだよ。昔、琵琶湖を渡る舟は比叡おろしが吹くと、良く欠航したんだ。
だから陸路を瀬田の唐橋へ行った方が早いよという意味なんだよ。
急がば回れの語源は、この草津で生まれたんだよ。
ボクたちも宗長さんの言葉通り、歩いて大津に向かいます。

11時30分
瓢泉堂から500m、矢倉小学校の前で、東海道は国道1号を横断します。
この辺りには、ケンタッキーフライドチキンやセブンイレブンがあるから
お腹の空いた人は、ここで燃料を補給しましょう。ボクたちは今回の
ゴールまであと120mなので先を急ぎます。

11時38分
地図で見ると、東海道は小学校の前から真っ直ぐ斜めに進むはずなんだけど
この一角は、道が新しくなって住宅の間をクランクに進みます。その突き当たりに
野路一里塚跡が有りました。一里塚には榎が植えられているのが普通なんだけど
ここの一里塚は松が植えてあったんだよ。でも今は左右とも塚は有りません。

11時40分
東海道は、この上北池公園で分断されているよ。旧道を進みたい人は
公園の中を突っ切って進んでください。ここから新しい街の中を500m
行くとJR東海道本線の
南草津駅です。ボクたちの今回の旅はここで終わり。
予定通り3日間で、30.3km歩きました。あと23.8kmで中山道の旅も終わります。
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