朝の散歩

織田信長の夢であった安土城から、西の湖を隔てる事5km
彼の意志を継いで天下を収める豊臣秀吉は、甥の秀次に安土の
復興を命じ、場所をこの地に移して新しい街を造ったのは400年前。

新しい住民は、信長に滅ぼされた佐々木氏や浅井・朝倉の家臣や、
安土城下から移住させられた人々で、その多くは商工業者でした。
しかし街が出来て10年後、城主であった秀次が切腹させられ
彼らは、城下の庇護を受けられなくなり、天秤棒を担ぎ全国へ
行商し新たな市場を開拓しなければならなくなりました。

江戸時代には天領となった事により、葵の御紋を通行手形に、
通行が困難だった関所を容易に往来出来るようになり、各藩の
御用商人、また幕府の御用商人となり、飛躍的に商売を繁盛
させることが出来るようになり、近江商人は発展していったのです。

ボクたちが泊まったホテルはちまんは、近江八幡駅の北500mにあり
そこから更に2kmほど北に進むと旧市街地に達する。散歩に出かけたのは
早朝5時過ぎ、まだバスもなくパパはもちろん歩いて往復しました。
駅前を北上し、立派な八幡小学校を過ぎたら、小幡町から1本右隣りの
新町通りへ入ります。そして八幡堀に突き当たるまで、また北上します。
左、郷土資料館。右旧伴庄右衛門邸ですが、この時間では閉まっています。
新町通りも、早朝のため誰一人いないため、景色を独り占め。
重要文化財となっている西川庄六邸と、おねがい地蔵さま。
八幡堀から望む八幡山と、明治橋。
どちらへ行っても琵琶湖に通じている八幡堀。
明治橋を渡り、日牟礼八幡宮へと小径を右折すると、突然良い香りが。
バームクーヘンで有名なクラブハリエが現れました。
明治10年八幡東学校として建てられた白雲館。
近江八幡と言えばメンソレータムとヴォーリズ。
「ふとんの西川」の祖、西川甚五郎家
日牟礼八幡宮への入口。ヴォーリズ建築の旧八幡郵便局。
ヴォーリズ建築の旧YMCA会館。

5時15分から6時30分までの早朝散歩。ホテルへ戻れば、ボクたちは夢の中。
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