美しさの印象が、瞼から消えぬ街

初めてこの街を訪れたのは、1990年12月3日のことでした。
東海道を走り抜けた父は、中山道目指して再度三条大橋を
東に向け出発、その3日目のことです。徒歩と違いジョギング
での旅は、土地の印象がどうしても薄くなってしまい、殆ど
記憶から消えてゆく街が多い中、この街だけは強烈な印象が
残っていました。街の真ん中を流れる清流は、冬にもかかわ
らずバイカモの緑で鮮やかに染まり、その上には枝を離れた
楓の赤い葉が彩りを添えます。あまりの美しさに足が止まりました。
その後、中山道イコール醒ヶ井が脳裏から離れず、今日こうして
再びこの街を訪れることができた喜びで胸が高鳴ります。
道路の舗装が綺麗になって宿場が近いのかなぁと思っていたら、とうとう今日最後の
宿場の醒ヶ井宿に入りました。左側には手前に大きな池のある神社があったので、
休んで行きました。この神社は
別雷皇宮っていう変な名前です。石の太鼓橋を渡ると
急な階段があって、パパが上に行くと街が見渡せて景色が良いよというので、平次と
3人で登りました。残された佐武は、ボクも行くと大騒ぎだったのでママは大変でした。

15時19分
神社の境内の端っこに立つと、瓦屋根の町並みがよく見えたよ。
山に囲まれた狭い場所に、ひっそりと家並みが続いています。
階段の途中には天然記念物の
醒井の不断櫻というのがあったけど、
花も咲いていないので、どれがその木なのかよく分からなかったよ。



この場所はGoogle EarthのPanoramioに掲載しました

居醒の清水
景行天皇の時代に、伊吹山に大蛇が住みついて旅する人々を困らせておりました。
そこで天皇は日本武尊にこの大蛇を退治するよう命ぜられました。尊は剣を抜いて
大蛇を切り伏せ多くの人々の心配をのぞかれましたが、この時大蛇の猛毒が尊を
苦しめました。やっとのことで醒井の地にたどり着かれ体や足をこの清水で冷やされ
ますと、不思議にも高熱の苦しみもとれ、体の調子もさわやかになられました。
それでこの水を名づけて「居醒の清水」と呼ぶようになりました。
   米原町
太鼓橋の下は居醒の清水といって、綺麗な水が湧いている大きな池があるよ。
平次とボクが、魚を探して石の橋をドンドン進んで行くと、太鼓橋でバギーに乗った
佐武が一緒に行きたくて大きな声でボクたちを呼びます。パパは写真を撮りながら
平次が慌てて池に落ちちゃうんじゃないかと、しきりに声を出していました。
パパと佐武の声で、静かな醒ヶ井の街も、きっとビックリしたことでしょう。
雨森芳州 江戸時代の儒学者・教育者・外交家。二十六才のとき木下順庵の
推挙により対馬へ渡る。以来、朝鮮・中国との外交に尽くし、特に朝鮮通信使との
折捗・応接に貢献する。その善隣友好互恵対等の外交姿勢は、現在も高く評価
されている。八十才で一万首の歌を詠む決意をした芳州は、古今和歌集を千回
も復読したという。この歌も、その中の一首である。             米原町
バイカモ(沈水植物 キンポウゲ科)
水温15℃前後を保つ澄んだ湧き水を好み、川の水底に群生し流れに沿って這うように
育つ鮮やかな緑色をした多年生水草である。手のひら状の葉が特徴で、長さ約50cmの
藻である。初夏から晩夏にかけて水面上に梅花様の白い花が咲く。
バイカモに寄生する水生昆虫、ハリヨの好物でありバイカモが繁殖することにより急流を
さえぎり、ハリヨの巣作り・産卵に絶好の場所を提供している。   平成5年3月 醒井区
バイカモっていう藻が水路にたくさん生えていて、
ゴミなんか全くないここの水はとても綺麗です。
まだ楓の葉はバイカモの上に落ちてなかったけど、
パパが見たときのように乗っていたらきっと綺麗だなぁと思いました。
水路の上には今にも落ちそうな楓が真っ赤に染まって落ちるのを待っていました。
この醒ヶ井も立派な宿場なので、もちろん本陣があります。中でも面白いのが
お茶壺本陣と呼ばれた旅籠・越後屋で、徳川将軍が使うお茶をお茶壺行列で
宇治から運びました。その時の宿泊場所がお茶壺本陣でした。そこでは普通は
大名が泊まる上段の間にお茶壺が置かれたんだって。左の
樋口山は本当の
本陣だよ。この街では消火栓も赤ではなく町並みに合わせたデザインでした。

15時32分
この建物は問屋場で、完全な形で残っているのは非常に珍しいんだよ。
今は
醒井宿資料館になっていて誰でも入れるから、時間のある人は観てね。
12月27日〜1月5日と月曜日が休みで、9:00〜16:30までの間に入れば
観られるよ。建物の前の水路にもたくさんのバイカモが生えていて綺麗です。
ボクたちは、どうしても水路に目がいってしまうけど、後ろを振り返ると古い町並みも
並んでいます。この
お醤油屋さんもその一軒で、立派な家に中山道の雰囲気が
残っていました。とうとう我慢できなくなった佐武は
バギーを降りて歩き出したよ。
でも水の中に落っこちちゃったら大変なので、ママが右往左往していました。

日本橋から460km
この立派な木は了徳寺にある御葉附銀杏という珍しい銀杏で国の天然記念物です。
何が珍しいのか興味のある人だけ、
ここをクリックして説明を出してね。この銀杏は
街道から少し入った所にあるから気を付けていないと通り過ぎちゃうよ。銀杏も
綺麗だったけど、その向こうの壁に這っていた
蔦の葉も紅葉してとても綺麗でした。
15時41分
宿場の外れには醒井大橋という小さな橋が有るよ。ここで道がちょっと分かりづらい
けど、橋を渡らず右へ行くと駅。中山道は橋を渡って更に左に進んでね。ここまで
歩いてきた佐武は、川の中を覗きたくて大変です。ママが押さえていてもドンドン
石垣の上を川の方へ行ってしまうので、お尻が落ちそうになりました。

15時44分
醒ヶ井の水路にはいくつかの湧き水があるんだけど、その一つが左の十王水だよ。
もともと平安時代に浄蔵というお坊さんが開いた泉で浄蔵水と呼ばれていたんだけど、
近くに十王堂が有ったから十王水って呼ばれるようになったんだ。右の写真は
西行水
だよ。あの十三峠西行さんの泉です。街道から少し入らないと観られないから
こんな場所を見つけた人は、奥まで入っていって見てきてください。大きな湧き水なんだ。
宿場を外れると左に大きな名神高速の防音壁が続きます。そろそろ夕暮れが
近づいて来ました。ボクたちも今日の旅はこの辺にして、この先の交差点から
醒ヶ井駅に向かいます。今回は米原の旅館に宿を取ったので、電車に乗って
米原へ向かいます。じゃあ又明日!

15時51分
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