関ヶ原の入口は松並木と桃配山

国道21号がバイパスとなって分岐してゆくところから旧道が始まるよ。
そこには、ここからはもう
関ヶ原町って書いてありました。
今日も9km歩いて、少し疲れました。あと4kmで、今回のゴールの
関ヶ原駅です。こんな涼しい感じで写真は写っているけど気温は30度もあるんだ。

14時38分
バイパスがトンネルになる上を歩いてきたら、栗畑に木陰があったので
少し休みました。車も来ない道なので、落ちていた栗を拾って平次に
ぶつけたら、面白がって逃げるからエスカレートしてパパに叱られました。
それを見ていた佐武もバギーから降りて一緒に遊びました。
この落ちていた栗は、ボクがたくさん集めて持って帰り、栗ご飯にして
食べたんだ。とっても美味しくて最高でした。

14時49分
旧道は、また国道21号に出るまで2200m続きます。だんだん関ヶ原らしく
この狭い谷に、東海道新幹線、東海道本線、国道21号、そしてバイパスと
ひしめき合ってきたよ。まだこの辺りには名神高速は合流していないけど。
古い民家の前を過ぎると、松並木が見えてきました。

15時17分
中山道松並木の看板の向こうを東海道本線の列車がもの凄いスピードで走っていったよ。
町では台風や病気で、数が少なくなってきた松並木を守るために頑張っているんだって。
 六部地蔵
 六部とは「六十六部」の略で、全国の社寺などを巡礼して、旅をしながら
 修行している「人」ということで、厨子を背負って読経しつつ行脚中の行者 
 が「宝暦十一年頃」(1761年)この地で亡くなられたので里人が祠を建て
 お祀りされたといわれております。この六部地蔵さんは、「六部地蔵 歯
 痛なおりて 礼参り」と読まれているように、痛みのひどい病気をなおす
 ことで、名を知られています。
             関ヶ原町
松並木の真ん中にお地蔵様がありました。これは六部地蔵っていうんだよ。
でも、その社の隣にあった子供のお地蔵様がボクは気になりました。
この辺の松が一番太いからきっと昔からあった松だね。

15時20分
野上と言えば、徳川家康が最初に陣を構えた桃配山が、この中山道の
そぐそばにあります。今日は9月20日だけど、9月15日の朝、赤坂から
ここへ軍を進め、10時頃までここで指揮を執ったんだって。この
桃配山
壬申の乱の時、天武天皇がここで陣を張って兵隊さんに桃を配ったから
この名前が付いたんだよ。そんなお話を聞きながら木陰でちょっと
涼しいどこまでも続く松並木を、佐武のバギーを押しながら進みました。

15時21分
国道21号と合流するけど、国道を歩くのはたったの50m。また旧道に入ります。
今度は450m進んで再び国道。途中で見つけたこの建物は
関ヶ原たまり
醸造元です。古い看板には宮内庁御用達って書いてあるよ。たまりって何だ!
パパに聞いたら味の成分が多い醤油なんだって、高級な料理屋さんなんかで
使われているらしいよ。お肉につけても美味しいんだって。今度使ってみたいね。

15時46分
バイパスがあるから、それほど車は多くない国道21号を880m進めば
関ヶ原駅入口です。国道からは120mと近くて助かります。
駅前に只今の気温という電光掲示板があるんだけど、もう夕方の4時なのに
まだ30度ありました。本当に暑い3日間でした。今度来るときは
涼しくなっていると良いと思いました。

15時49分
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