紅葉を我が身にたとえた皇女和宮さまの思いが残る街。

揖斐川の歩道橋を下りて右に180m進むと良縁寺というお寺があるから
そこから呂久の街に入ります。入って140mで右に直角に曲がってね。
まず出てきたのは
明治天皇御小休所跡だよ。ちょっと立派な家の前に
あまり目立たないけど石碑が建っているから捜してね。

15時24分
ボクは、いろいろなものに興味があってゆっくり見ているから
すぐみんな先に行っちゃうんだ。このときもボクは一人で追いかけました。
呂久には
蓮生寺・即心院・天王神社・白鳥神社などの神社やお寺が多いよ。
15時26分
ちょっと疲れて歩いていると、絶対通り過ぎちゃうような
ただの緑地みたいなのが小簾紅園なんだ。パパは知って
いたから寄って写真撮ってたけど、ボクは気がつかなかっ
たっんだ。詳しいこと知りたい人は、看板をクリックしてね。
和宮様はここで川を渡ったとき、綺麗な紅葉の小枝を舟に飾って渡ったんだよ。
昔の揖斐川は、この
小簾紅園の岐阜側じゃなくて、赤坂側に流れていて
この紅園が渡し場だったんだよ。大正14年までこの渡し場は続いたんだよ。

15時28分
ちょっとややっこしいのが、小簾紅園は瑞穂市で、この平野井川を渡ると
大垣市。でもその間の422mは安八郡神戸町なんだよ。実はこの神戸町は
全国で5つある
神戸町の一つで、バラの町なんだ。バラの生産団地があったり
町中バラ一色なんだよ。詳しいことはバラバラした町のサイトを見ると良いよ。
でも、不思議なことに中山道のことが一言も出てこないんだ。中山道が通っている
町や市のサイトで、中山道を無視しているのは、この町だけかも知れないね。
パパはバラの花のマンホールを捜していたけど、残念ながら下水は無いらしい。
15時35分
橋を渡って、右に曲がり平野井川の土手に登るよ。土手の道と合流する場所に
立っている
道標には「左 木曽路  右すのまた宿道」って書いてありました。
ここから県道が土手をふさぐまで900mゆっくりと土手の上を歩いてください。
車もそんなに走ってないから歩きやすい道だと思います。

15時44分
埼玉県日高市の巾着田が有名な曼珠沙華だけど、この平野井川の土手も
もの凄い数の
曼珠沙華が咲いていたよ。今日は9月19日。ちょうどお彼岸だから
咲くんだよってパパが教えてくれました。だから彼岸花っていうんだ。
他にも死人花・地獄花なんて呼び名もあって、あまり縁起の良い花じゃ
ないんだって。根っこに毒があるから採ったりしてはいけないよ。とも
教わりました。平次は採りたくて大騒ぎしていました。
バギーでこの土手を行く場合は、途中で左へ坂を下って行かないと、
県道を越えるところで、こんな
急な階段を下りる羽目になるよ。
手すりはあるけど、階段が怖い人も坂を行った方が良いと思いました。

15時54分
県道の下をトンネルで抜けて、200m進むと、こんな中山道三回り半の道標があるから
ここで川沿いの道と分かれて左へ入ってください。この辺は赤花町というけど
彼岸花がたくさんあったからこの名前が付いたのかなぁ。

15時59分
三回り半を過ぎると、素盛鳴社という小さな社の前を通って、三津屋町3で県道212号を
渡ります。
長徳寺を過ぎると、今度は七回り半という道標が現れるよ。ここから
左の写真のように中山道は田圃の中を蛇行しながら進みます。七回り半というのは
どうやら七曲がりのことかも知れません。ここから赤坂の踏切まで、6回曲がるよ。

特に県道230号のパチンコ屋さんのある交差点に向かって右折するときは
コーポスプリングという
アパートの裏の道を行ってください。前の道は新道です。
ちょっと分かりづらいけど、右の写真煙のトンネルの向こうに見えるアパートです。
今では珍しくなった野焼きをやってました。ボクたちの町ではもうできません。
パパは喜んで写真撮っていたけど、やっていたおじさんとお姉さんは、佐武の
バギーが煙に巻かれては大変と気を遣ってくれました。ありがとう。

16時38分
七回り半の最後から二番目の角は、頭を垂れた水田でした。
今日は近鉄養老線の
東赤坂駅がゴールです。ここも無人駅で、ホームは
上り線、下り線のそれぞれに入口があるので、大垣へ行くにはどっちかなと
迷っていたらそばにいた親切なおじさんが教えてくれました。電車は左側通行なので
この場合、踏切の手前のホームが大垣方面です。今日はここから電車で
大垣へ行って、JRに乗り換え岐阜に戻ります。岐阜の宿に泊まって、
また明日、この東赤坂駅へやってきて、ここから関ヶ原駅目指して歩きます。

16時52分
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