間の宿の新加納では、スコールと出逢いを満喫!

鵜沼宿と加納宿は、4里10町、17kmあったので、ここの新加納が間の宿として
栄えたんだと看板が教えてくれました。間の宿って言うのも随分お馴染みになったよ。
吹上や借宿もそうだったね。昔はコンビニや自販機も無かったから、17kmの
途中に、こんな休憩する場所が無かったらバテちゃうよね。この写真をよく見ると
道は右にカーブしてるけど、この右の道は昔は無かったんだよ。
真っ直ぐ行って突き当たりで直角に右に曲がり、また直角に左に曲がるのが
古い中山道なんだ。その間に茶屋があって、
あの和宮さまも、この茶屋で
休んでいったんだよ。また、ここには
一里塚もあったんだって。
14時41分
間の宿を抜けて400m行くと、風景が開けて田圃の道になるよ。小さな川を
渡って左側に岐阜会計センターという一軒家の手前に松並木があります。
看板では
西坂の松並木って書いているけど、松はこの貧弱な1本だけ
何処に松並木があるのか分かりません。松並木跡って書くべきじゃないって
パパは怒っていました。でも、目を閉じれば何となく松並木が見えてきたって
パパは言うけど・・・。昔は涼しい道だったのかなぁと、羨ましくなりました。
14時50分
日本橋から410km
電車は名鉄各務原線、ボクたちを今朝運んできた電車だよ。
ここは高田橋と新加納の真ん中、向こうに見える高架の道は
東海北陸道
岐阜各務原ICの北1.5kmなんだ。昔の人が知ったらビックリする風景だね。
昔はこの田圃の道中山道が国道だったのに、今はいろいろな交通機関が
中山道を忘れさせているんだよ。タイムマシンに乗って昔の人を見に連れて
来たいと思いました。田圃だけが昔と変わらずこの道の風景だったのかなぁ。

14時50分
変わらない風景の中に案山子もあったのかなぁ。平次は初めて見た案山子に
ビビッっていました。あの平次がビビるんだから、雀もビビるといいな。
案山子を見ていたら後ろから走ってきた人に急に声を掛けられてビビりました。
「ホームページ出している人でしょ?」ってこのおじさんは聞きました。
パパがそうですよって答えたら嬉しそうに、笑っていました。何でボクたちのこと
分かるんだろうかって不思議に思いました。パパが作ったホームページを
見る人ってそんなにいるのかな?ちょっと見るとボクたち地元の人に
間違えられる方が多かったのに、この頃は、よく声を掛けられるようになりました。

14時59分
イヤァ〜ビックリしました。何となく空が暗くなったと思って、ママが雨の臭いが
するって言った途端、
もの凄い雨が降ってきたんだよ。この写真じゃよく分からないと
思うけど、全く歩けないほど強い雨でした。隠れる軒先も無かったのでみんなで
傘を広げてうずくまって雨雲が通り過ぎるのを待ちました。こんな雨の中
パパは嬉しそうにボクたちの写真を撮っていたので、またビックリ。
ボクたちのパパは、ママに負けないほど変なやつです。
15時21分
ボクたちが傘を寄せ合って雨宿りしている間、このおじさんとおばさんたちは
ラッキーなことに、よそのガレージの中で雨宿りしていたんだって。ついていたのは
ボクたちかこのおばさんたちか、どっちか分からないぞってパパは言います。
ボクは絶対このおばさんたちだと思います。みんなはどう思いますか。
右の写真の蔵は切通駅の先の交差点にあります。
不思議な形の蔵です。
15時50分
国道156号の長森細畑交差点から389m進むと追分けがあります。
その手前にあったのが
細畑の一里塚です。町の真ん中の一里塚なのに
両側とも綺麗に残っていました。東海道では両側とも残っている一里塚は
とっても少なかったのに中山道は多いなぁってパパが感心していました。
追分けを左に進むと伊勢への近道って書いてある石碑があります。
ボクたち中山道組は右の太い道を行きます。
16時18分
これから先は、何度も街の中の道を曲がって岐阜駅まで行くけど
とても分かりづらいから、地図で案内するよ。
追分けから844mで東海道本線のガードをくぐり、更に215m進んで名鉄名古屋本線
踏切を渡れば、今日のゴールの加納宿こと岐阜駅はもうすぐ。
踏切から84mの最初の角を右に曲がって、今度は145m進むと、右に立花屋薬局が
あるから、ここで左に曲がってください。この辺りは、何回も曲がるから気を付けてね。
16時33分
立花屋薬局の前まできたら、また雨が降ってきました。どうせちょっと待てば
やむと思って、薬屋さんの軒下で休ませてもらいました。そうしたら親切な
おばちゃんが、この薬屋さんの説明をしてくれたんだよ。
16時42分
この薬屋さんは、昔旅館をやっていたんだって、明治時代には陸奥宗光という
偉い人が泊まったって宿帳に書いてあるんだって。その前はやっぱり薬屋さんで
千金丹という薬や、結婚した女の人が歯に塗っていたお歯黒を売ってたんだって。
千金丹というのは昔、韓国から対馬に伝わったお薬で、胃腸薬と頭痛薬と整腸剤が
一緒になったようなお薬で、太平洋戦争の前までは全国で人気があったんだって。
そんな話を、おばちゃんから聞いて雨がやむのを待ったけど、いつまでたっても
やまなかったので、もう近いから歩こうとパパが言って出発しました。
16時52分
立花屋薬局で左に曲がったら、太い道路を横断して183m進むと
また太い道路に合流しそうになるから、その直前で左に直角に曲がってね。
すると42mで左の写真の
善徳寺に突き当たります。そこを今度は右に曲がるよ。
また、さっきの太い道路を横断して、340m進むと、今度は右の写真の
太田薬局が現れます。ここで中山道の道標にしたがって左に曲がります。
小さな川を渡って、170m行くと
歩道橋のある大きな道にぶつかるけど
その道にでないで直前の右の細い道が中山道だよ。歩道橋の下には
加納城大手門跡の碑が目印に建ってるから間違えないでね。
17時06分
ここからが、加納宿の中心地で、当分本陣跡脇本陣跡が続きます。
雨もそろそろ小降りになってやみそうな気配です。もう暗くなって来ました。
17時19分
皇女和宮さまの歌碑は本陣跡に建っています。この松波本陣に泊まった
時に詠んだ歌なんだよ。石碑の文字は和宮さま直筆なんだって。

 遠ざかる 都としれば旅衣 一夜の宿も 立うかりけり 

大手門から626mで岐阜駅前の交差点です。

蒸し暑かったり、スコールに出会ったり、大勢の人達とも出逢った今日は、
本当に思い出深い一日でした。でも本当はとっても疲れました。パパもぐったり
早く旅館に帰ってお風呂に入りたくなりました。

17時26分
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