マリア様が見守る、美濃路最後の石畳。


中山道の青い道標を確かめながら進むと津橋の県道交差点だよ。
ここは五差路になっていて、右上へ向かう一番細い坂道が
諸木坂
入口です。ここから最後の山登りが始まるよ。ちょっと坂道にはうんざり
だけど、舗装道路を歩くより、林の中を歩いた方が涼しいし面白そうなものも
たくさんあるので楽しみなんだ。ここでは何が出てくるかなぁ。
12時44分
竹藪のトンネルを抜けると、民家があって少し水平で眺めの良い道が
続くよ。そこからは、
杉林の中の沢筋の急坂を上り、明るく開けると
一軒家が有ります。前方にたくさんの鶏を見つけた平次はびびってます。

13時05分
この一軒家には整田碑というのがあって、ここを開拓した人の思いが
つづられていました。昔、特攻隊の兵隊さんが生き残って、その辛さから
自分の財産を全て使って、ここに田圃や魚の養殖池、そして鶏を飼って
食料の確保に努めたんだって。特攻隊の話をパパから聞いたら、ボクは
悲しくなってしまいました。平次はドンドン近づいてくる、
何羽もの鶏に怯えます。
13時06分
一軒家からは、今度は尾根筋の急坂が続くよ。そして登り切った場所は
御殿場っていうんだ。和宮さまが、徳川家茂にお嫁に行くとき、ここで休んだけど
そのために、ここに御殿を建てたから、御殿場っていう地名になったんだよ。
ここからちょっと登ると
展望台があって、御嶽山や恵那山が見えます。
でも周りの木が大きくなってその向こうに頭だけが少し見えるだけでした。
ここからは下り坂が始まります。最初に現れたのが大きな駐車場で、この展望台の
ための駐車場にしては大きすぎるんじゃない?って思ったら、驚いたことに
こんな山の中に
ラ・ブロヴァンスというケーキ屋さんが有りました。
最初から知っていたら、ここでゆっくり休憩できたのにと残念でした。
みんなは、このお店で休憩すると良いと思います。お店から平らになった
道を400m進むと、
唄清水があります。これは昔ここの庄屋さんだった千村
さんが「馬子唄の響きに波たつ清水かな」って唄ったから名前が付いたんだ。

13時24分
パパが、この道は京都みたいだといっていた竹林の道を下ってゆくと
舗装された町道と合流します。
13時28分
町道との合流場所にあるのが、一呑清水です。この水は和宮さまが
気に入って、その後再び京都へ向かうとき、多治見のお寺に泊まったときに
わざわざこの清水を取り寄せたんだって。岐阜の名水50選の一つです。
県道を少し歩くよ。右手に景色が広がってとっても気持ちの良い場所です。
道が下りにさしかかるところに
十本木立場跡がありました。ここの立場は
参勤交代の殿様たちが通るとき、それをガードするお侍さんたちが居たんだって。

13時35分
謡坂へは、県道の下り坂から左の細い道に入ります。ここにも青い中山道の
標識があるから間違えないと思うけど、疲れてどんどん下って来ると、
ママみたいに気が付かないで先ヘ進んじゃうから気を付けてね。
旧道に入ってすぐにあったのが
謡坂の一里塚です。一軒家の庭にあったので
その家の築山みたいで、看板がなかったら一里塚って気が付かないよ。

13時42分
ちょっと汚い十本木の洗場の先に、こんな家があって看板がありました。
ここは、安藤広重の
木曽海道六拾九次之内御獄のモデルとなった場所だよ。
浮世絵には木賃宿が描いてあって、鶏も描いてある珍しいタイプなんだって。
でも、ボクたちが気になったのは良い臭い。この先の左の家から
バーベキュー
の良い臭いがしてきた、お腹が鳴ってしまいました。見たら近所の人達が
大勢集まって庭でバーベキューをしていました。パパもビール飲みてぇーって。

13時43分
謡坂の石畳が始まりました。美しい石畳で、木陰の中を進みます。
その途中にあったのが、
マリア像への標識です。ちょっと行っただけでは
見つかりそうもなかったので、パパが一人で様子を見に行くことになりました。
13時51分
いやぁ〜ちょっと遠くて参ったね。教会のような大きな建物を迂回して
その向こうの舗装道路に出て、さらに戻るようなんだ。でもそこには
真っ白なマリア様が立っていて、素敵なところだったよ。何でも
昭和56年の道路工事で、お墓の下に十字架が埋まっているのを
発見して、ここに隠れキリシタンが居たことが判明したんだそうです。
それまで、誰にも分からず来たことは奇跡と言って良いでしょう。
パパが、マリア様を見に行っている間、とっても気持ちの良い石畳に
みんなで腰を下ろして休みました。平次は元気でその辺を走り回って
いました。この石畳で、最後って言われると何となく寂しくなりました。

13時55分
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