大湫宿は、十三峠の果てに突然現れたオアシスでした。


大井の西行坂を登ってから、この大湫宿までが十三峠。疲れたと思ったら
10kmもアップダウンの連続だから、当然かな。でもその峠道も終わり。
目の前に現れたのは、瓦屋根のたくさんある風景です。もの凄〜くホッとします。
15時46分
宿場の入口の坂で、ボクたちを出迎えてくれたのが寺坂の石仏群だよ。
石仏群と言っても石仏は三つしか有りません。その反対側にあった石碑には
京へ四十三里半、江戸へ九十里半と彫ってある、
大湫宿の石碑です。
そのほかにも十三峠のことを書いた石碑もあったよ。そこには十三峠は
実は二十の峠と書いてありました。本当にいっぱい坂があって、大変だったよ。
大湫宿の石碑の横には、是より東十三峠って彫ってあります。
すぐに坂は終わり、80mで
枡形になり、直角に左に曲がるけど、ボクたちは
真っ直ぐ進んで、大湫小学校の取材に行きました。手前の商店の前に
その
大湫小学校の生徒たちがいたので、写真を撮らせてもらったよ。
平次とボクは、このお店で、お約束のアイスクリームを買ってもらい
疲れも吹っ飛びご機嫌になりました。
15時50分
本当に小さな宿場の街だけど、立派な施設があってビックリしました。
中へ入って見学できそうだったのですが、もう夕方だったので諦めました。
その次に出てきたのも、
無料休憩所のおもだか屋です。時間があったら
お茶くらい飲んで行きたかったのになぁ。
16時05分
左の石は、水分之泉です。詳しくは中山道の水場で紹介します。真ん中は
大湫宿の案内が彫られた石碑です。右は
脇本陣の建物だよ。本陣は小学校
ところで、この宿場は、東に十三峠、西に琵琶峠という難所の間なので
昔から、泊まる人が多く、小さい宿場なのに旅館が三十軒もあって和宮様も
この宿場に泊まって行ったんだって。
大湫宿は390mしかありません。その外れに有るのが神明神社です。
神社は普通の神社だけど、その奥を見てパパは驚きの声を出しました。
見てみて!この大きな杉!大きな木を見つけると、ママは得意なポーズを
決めますが、今までにこんな太い木は有りませんでしたね。今までで一番
太かったのは安中・原市の杉並木の杉だったけど、こんなもんです。
ここの杉は
1200才なんだって。江戸時代に中山道を歩いていた人達も
今ボクたちが見ているのと、あまり変わらない、この木を見たんだね。


この場所はGoogle EarthのPanoramioに掲載しました

宿場の外れには大きな高札場がありました。これももしかしたら、今までで
一番大きな高札場かも知れないよ。ここで大湫宿はお終いです。これから
タクシーを呼んで(
瑞浪・平和タクシー0572-68-6111)、JR中央線の釜戸駅
まで下りて、その後電車で恵那駅まで戻ります。大井宿のいち川という旅館に
泊まって、明日の朝、またタクシーでここまで登ってくるからね。
16時13分
日本橋から360km
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