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昔、宿場で人手が足りなくなると、近所の村のお百姓さんが手伝いに行かなければ
いけない制度が有ったんだって。度々出てくる和宮というお姫様がここを通ったときも
ここから南に一里いった野井という村のお百姓さんたちが、お手伝いに来たんだ。
でも強制的に手伝わされたお百姓は怒って、この中野村庄屋の家で代官さんに
斬りつけたんだって。その後裁判になったんだけど、お百姓さんたちが勝ったんだ。
そんなエピソードが前の案内板に書いてあってパパが説明してくれました。
手前の看板にはまた違ったエピソードが書いてあります。それは、この先で
小さな川が大きな川に直角に合流しているところがあって、洪水が起こると、いつも
小さな川が氾濫しちゃうので、道路の両側に写真右下の石柱を立て板をはめて
水が来るのを防いだんだって。浸水防止壁っていうんだよ。9時26分 |
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大井の宿は、川のところで終わっているけど、その先680mの場所にある
中野観音堂が宿場の外れみたいだよ。ちょっと枡形になっていて、ここから
先は家も少なくなります。観音堂は江戸時代から有ったことが分かっているんだ
そこには中野村の高札場も有ったんだって。ここから260m進むと恵那インター
へ通じる県道の交差点に出ます。そこを直進してどんどん進むと、西行硯水公園が
あるよ。西行さんという歌人は鎌倉時代の人で三重県から岩手県まで旅をして
その帰り道中山道で返ってきてここに三年間滞在したんだって。それでも
食べて行けるなんて、随分素敵な時代だったんだなぁってパパは感心してました。
右の写真は、公園内にあったトイレです。とても綺麗なのでみんなも利用してね。
9時44分 |
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| 県道から700m踏切渡って山へ入るよ |
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この踏切の手前には大井宿の説明と大湫までの地図が彫られた石碑があるから
良い目印になります。踏切を渡ってすぐ左に曲がると右の写真のような風景となって、
小さな橋を渡り中央高速の下をくぐると、いよいよ坂道が出てきて十三峠の始まりです。
最初の坂から石畳で、そこにあった馬頭観音の前がちょうど木陰になっていたので
コンビニ弁当を広げて朝食をとりました。100m行くと西行塚があるけど、写真の
ように木の階段を上ってゆかなければ行けないので、バギーの佐武は留守番です。
10時14分 |
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800m進むと西行の森という公園が広がるよ
坂道も終わって平らな砂利道になるから
歩きやすいよ。左側がず〜っと公園になって
いて大きな木が少ないからとっても眺めが
良く気持ちの良い場所です。右には左の
写真のような 槙ヶ根一里塚があります。
ここにはトイレと駐車場もあるから、歩いて
来るのが大変な人も、この景色を楽しめる
ようになっています。平次は公園の模型が
気に入ってパパにいろいろ質問したよ。
10時31分 |
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日本橋から350km
今年のゴールデンウィークは4月29日(木)から始まって、30日の金曜日を
休むと5月5日(水)までの7連休なんだ。ボクの学校が30日休みだったので
パパも会社を休んで4月30日〜5月2日を使って、中山道を歩きに来ました。
今日は30日で、天気は晴れ気温は23度くらいで快適です。今日はほとんどの道が
砂利道や石畳だったので、バギーボードに乗れなかった平次は10kmほど
自分の足で歩いたんだよ。まだ三歳なのに凄いと思いました。
ここは、西行の森公園の続きで向かって左は芝生の広い公園になっているよ。
街道沿いには桜の木が並んでいるから、お花見の時は賑やかだったかなぁ
10時40分 |
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公園が終わると小さな十字路です。右に携帯電話の鉄塔が建ってます。
ここは、そのまま真っ直ぐ進みます。300m進むとセントラル建設の前に出るから
道標に沿って右の水平な砂利道を進んでね。大きな石の壁が目印だよ。
10時48分 |