馬籠から下りれば平らな道が続くと思っていましたが・・・。


新茶屋を下って落合の石畳を過ぎ、しばらく下りると医王寺があるよ。
ここには右の方に緑になっちゃったけど、
枝垂れ桜があります。
伊勢湾台風で倒れたので、今の桜は二代目なんだって。でも昔
俳人の宗匠嵩左坊という人が
「その日その日風にふかせる柳かな」って
詠んだ桜なんだ。花が終わっちゃったけど満開だったら見事だろうね。
更に、10分下ると竹藪の中の分岐です。これは京都から来た人にとっての
分岐でボクたちは関係なくドンドン下ります。
9時24分
下り坂の途中から見えた落合の宿場の全景だよ。緑の中に瓦屋根が
続いているのが分かるでしょう。この宿場をボクたちは左の方から右に
向かって歩いてゆきます。ここから見ても、中山道は決して平らじゃなくて
小さな丘をいくつも超えてゆかなければいけないのが分かると思います。
今日の予定距離は、今までで最高の20kmなんだけど、パパは馬籠から
先はすっかり平らな道路を歩く計算だったんだよ。本当に大井まで行けるか
心配になってきました。しかし結果は平地と変わらない26分/kmで歩いたよ。
9時25分
落合川を渡る橋が見えてきました。この橋を渡ると県道を横切って落合宿
なんだ。橋を渡ったところで、向こうから来たおじさんが「お〜い、ボクたち?」
って声をかけました。このおじさんは、ボクたちと同じ中山道を歩いている
人で
長野県にお勤めの斉藤さんという人でした。斉藤さんは京都から歩いて
来て、いつもボクたちのホームページを見ていてくれて、今日どこかで
ボクたちとすれ違うなと思いながら歩いていたんだって。ボクたちはホームページを
見たことがない人から見ると、地元の親子連れに見えるようだけど、この
ページを見てくれている人には、一発で分かるんだって。うれしいな。
9時35分
落合宿に入ったよ。左の写真、遠くに見える大きな橋は、今の中山道の
中央高速が落合川を渡る橋です。ボクたちも何度も車でこの橋を渡ったよ。
宿場にはいるとすぐ枡形で、ここには
上町秋葉様の常夜灯があるよ。
昔は4つの常夜灯があったんだけど、道路を広げたときに他の場所に
移したんだって、でもここの常夜灯だけは、そのまま昔の場所にあるよ。
常夜灯からすぐのところに
脇本陣跡の碑があります。でも建物はないよ。
9時45分
これは、本陣と善晶寺です。この善晶寺で道は左に直角に折れて宿場は
終わるんだ。でも宿場の長さは390mで75軒の家が有ったんだよ。今の家を
数えたら68軒あるから、昔とそんなに変わらないね。
ここから江戸へは82里12町(323km)、京都へは52里9町(205km)なんだ。
ボクたちもう京都に近いんだね。善晶寺の前には紅白の布が巻かれた松が
あるよ。この松は
門冠の松といって、昔はお寺の中にあったんだけど、枡形を
真っ直ぐにする道路を造ったとき、お寺は移設したけど、松はそのまま
道路に残したんだよ。だからここが京口の枡形。ここで左に曲がってください。

9時49分

枡形を曲がって急坂を登って振り返ると、落合宿の向こうに馬籠宿が
見えます。一番左の稜線から下ってきて最初に低くなったところが馬籠だよ。
写真じゃよく分からないけど新茶屋の辺が見えるよ。1時間くらいで
随分遠くへ来たって感じがしました。
9時52分
真っ直ぐ行くと国道19号線に突き当たります。でもご覧の通り、人は渡れないよ。
だから45m手前の橋を使って向こうへ渡ってください。渡るとすぐに、
おがらん四社
があります。ここは、あの日義村の中原兼遠の末子と言われている、落合五郎兼行の
館が有ったらしいんだよ。おがらんというのは「お伽藍」なんだ。立派な館があった
と言う記録はあるけど、発掘調査しても見つかっていないんだって。
9時56分
せっかく渡ったのにまた渡れないよ。
370m行くとまた国道を渡らなければいけないんだけど、また渡れません。
今度は200m遠回りして、先にある国道に下をくぐるトンネルで越えてね。
そして、反対側に来ると青い中山道の標識があるから、それにしたがって
山登り開始だよ。
もの凄く急な坂道が353m続きます。パパは途中で止まると
登れなくなると言って、バギーをドンドン押しながら先に行ってしまいました。
平次はあまり急なのでバギーのステップに乗りたかったのに、パパが
先に行っちゃったので、ブーブー文句を言ってなかなか登りません。
10時16分
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