標高800mの峠は、東京では終わってしまった桜が満開。


急坂を苦しんで登ってゆくと、小さな木の橋が現れ、その向こうに石垣。
なんか人の気配がしました。そして出てきたのがこの木の門です。
ここは
一石栃の白木改番所跡だよ。門を通って右手の方の空き地に
その番所はあったんだって。ここは、木曽から出てゆく木を調べたところで
小枝1本にも許可を示す刻印がないと、ここを通れなかったんだよ。
それほど、木曽の木は大事だったんだね。
14時34分

この場所はGoogle EarthのPanoramioに掲載しました

番所の奥には立場茶屋があるよ。立場茶屋は、宿と宿の間にあって
旅人たちの休憩所だったんだよ。ここ一石栃の茶屋は七軒ほどあったんだけど
今は、この牧野さんち一軒だけになっちゃたんだ。牧野さんちは江戸時代の
建物で、昔はもっと大きな建物だったんだけど、小さくしちゃったんだって。
家の前には
木舟の水場があって美味しい水が出ていたのでみんなで
いただきました。佐武も右端の流れる水を見て興奮してました。
ここには昔っぽい綺麗な
トイレもあるから使ってください。14時41分
沢沿いに進んでゆくます、そして急なZ坂を登ってゆくと、急に道は石畳。
もう峠はそぐそこです。最後の急な登りだったけど、パパは相当参ったらしく
ヘロヘロになっていました。この重いバギーを押して急坂を登ると、腰が痛く
なるんだって、まだ背負った方が楽かも知れないと泣いていました。
バギーの重さが7kg、荷物が5kg、そして佐武の体重が11kg。合計23kgを
押して登るのは確かに大変です。ボクが押してもこの坂はびくともしません。
15時06分
やっと馬籠峠の頂上へ着いたよ。妻籠の標高が430m位だから370m位
登ってきたんだよ。東京タワーより高いんだよ。みんなお疲れさまでした。
今までに、碓氷峠・和田峠・塩尻峠・鳥居峠って越えてきたけど、馬籠峠は
たいしたことないと思いパパはマークして無かったんだけど、もしかして
一番きつかったのがこの峠じゃないかって言ってました。とうしてかというと
標高差もさることながら、道の状態がバギーに向いてないのが原因です。
あの車輪も阻む大きなごろごろした石と、かなりの回数で現れる階段は、
バギーで進むにはかなりの負荷なんだって。歩いて登る人は関係ないよ。
鳥居峠は、フラットな路面だったから進みやすかったって言ってました。
15時07分
頂上でボクたちを待っていてくれたのは、オランダ人の夫妻です。
ボクたちとは逆のコースで、馬籠から妻籠まで歩くんだって、日本人は
みんな年輩の人しか街道を歩かないのかと思っていたところに
バクたちが現れたから、彼らは大興奮、いっぱい喜んでくれたよ。
車道を少し下って左側の歩道が無くなったところで車道を横断すると、
峠の集落への道があるよ。江戸時代末期の建物もあって観光客も
いないから静かな古い街並みを独占できるよ。ここには昔、牛方という
民間の荷物を運んでいた人たちが住んでいたんだ。今風に言えば
宅急便屋さんかなぁ。藤村の夜明け前にも中津川の問屋さんとの
間でストライキを起こした話が出てくるんだって。
15時17分
集落の外れに石垣の上には峠の御頭の碑があるよ、桜の花が満開でとても
綺麗でした。ここから右の急坂を下ってゆくと、今度は
十返舎一九の句碑
あります。
「渋皮の むけし女は見えねども 栗のこはめし ここの名物」
ここには,、昔から茶屋があって、彼はここで栗の強飯を食べたんだって。
今も
休憩所とトイレがあるからゆっくり休んでね。ボクたちも
ご覧の通り、休憩所のベンチに寝ころんで休みました。向かいの山にはピンクに
咲いた桃の花が所々にあって綺麗でしたが、この山は紅葉の名所で秋は
もっと素晴らしいそうです。本当に気持ちの良い休憩所で20分も休みました。
15時28分
二回車道を横断して下ってゆくと小さな橋があってそのそばに食事処樹梨が
あるから、そこから石畳の
梨の木坂を下ってゆくんだよ。左の写真がその入口
次の車道の手前で右を見ると、右の写真のように小さな橋とその向こうに水車が
見えます。ここには
水車塚の碑があって、藤村がこんな事を書いているんだよ。
山家にありて 水にうもれたる 蜂谷の家族 四人の記念に
これは、明治三七年の水害でここにあった家が一瞬で押し流され四人の
家族が亡くなったんだよ。生き残った蜂谷義一さんが藤村にお願いして
この塚を建てたんだって。今は静かな川だけど水って怖いものなんだね。
15時51分
梨の木坂の石畳を終え、車道を横断すると、こんな素敵な道になるよ。
田圃に竹藪、桜の木の下には小さな椿の木の並木、そして土のみち

パパは、こんな道を見ると子供の頃を思い出して懐かしくなるんだって。
パパが小学生の頃は、毎日こんな道を通って学校に行っていたんだって。
ボクは毎日小田急線に乗ってバスに乗って通っているから、ボクも
こんな道を歩いて学校へ行けたら楽しいだろうなと思いました。15時55分
あと600mで馬籠宿という看板を見て安心していたボクたちの前に現れたのが
最後の石畳。階段と急な坂道に、さすがのパパももうだめだと言ったので
ママが代わりにバギーを押して登ります。車道を下りて行けば簡単なのですが、
中山道にこだわっているパパの目には、この道しか見えないようでした。16時07分
登り切ったらこんな看板があったよ。民家をぐるっと回るのが中山道なんだよ。
本当に家の庭を通って行くんだよ。家の人も知らない人がチョロチョロ庭を
歩いてくるんだから、大変だと思いました。この家を過ぎると、左手が開けて
恵那山がよく見える道になるよ。馬籠宿の入口は、もうすぐそこだよ。16時10分
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