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十二兼駅入口から、木曽川に沿ってず〜っとず〜っと行くと、
木曽川と国道の間に家が出てきます。この場所は金知屋という
場所です。そこから更に木曽川に沿って国道を300m進むと上の写真の
場所だよ。ここで国道を横断して、左に斜めに登ってゆく道に入ってゆくと
三留野の宿へ入ります。長かった国道ともやっとここでお別れです。
12時35分 |
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国道がだんだん低くなって、どんどん坂を登ってゆくと470mでJRの
ガードをくぐります。そして今度は電車の線路と平行に進んでゆきます。
道は線路より高くなって集落に入ると、左から合流してくる道があるよ。
この黄色い道は古代の木曽道で野尻に向かっているんだよ。
12時53分 |
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街の中に入ると、この舗装路が土の道だったら本当に江戸時代って
感じの中山道になりました。電信柱や郵便受け、サッシの窓がなかったら
本当に、錯覚してしまいそうです。そんな街が三留野です。
ボクは、さっき見つけたかっこいい杖をついて昔の旅人の気持ちになってます。
13時04分 |
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自動販売機を見つけたので中を覗いたら珍しいコーラがあったので
思わず買ってしまいました。ダイドーのコーラなんて初めて飲みました。
ちょっと甘くてソフトな感じの美味しいコーラだったよ。
もう三留野の本陣跡にやってきたよ。そこにあったのが明治天皇
御善水で、井戸に屋根が付いていたので中はどうなっているか
分かりませんでした。梅の木のすぐ後ろにあるから見てね。 |
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今は、森林組合事務所、その前が長野県地方法務局南木曾出張所、
そしてその前が三留野本陣。この場所が本陣跡でした。しかし、明治天皇が
お泊まりになった翌年の明治14年の大火でみんな燃えちゃったんだって。
しかし、本陣の鮎沢さんが屋敷内の庭木として大切にしてきたこの梅の木
枝垂梅だけは大火を逃れて、今でも花を咲かせています。
高さ8m、太さ1.7mのこの梅は町の天然記念物です。13時10分 |
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梅の木から70m行くと、ガードレールの切れ間から右へ降りる階段が
あります。この細い階段を下りてね。真っ直ぐ舗装路を行っても同じ道に
出るけど、こっちが本当の中山道なんだよ。こだわる人は是非行ってね。
佐武は、ガタガタと降りる階段が面白くって大喜びでした。13時15分 |
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舗装路と合流して、小さな橋を渡ると、正面がこの 読書小学校です。
「どくしょ」じゃなくって「よみかき」って読むんだそうです。この左の
階段をちょっと上って右の家の庭を通るのが中山道なんだけど、
ちょっと気が引けちゃう人は、舗装路を少し下ったところにある
コンクリートの急坂を登ってください。さっきの庭に続く道になるよ。
13時27分 |
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小学校下のこんな田舎道を進んでゆくと、学校の方から降りてくる道に
ぶつかるから、右に曲がって、更にちょっと太い道に出たら、左の橋を
渡ってね。京都から来た人は、橋を渡ったらすぐ右へ登り、またすぐ左に
入る坂道を登ってください。ちょっとややこしいから、間違えないでね。
13時30分 |
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橋を渡って40mで道はY字路になるよ。そこにはこんな案内標識が有ります。
中山道は、妻籠宿って書いてある左の道です。今日は南木曾駅で終わりたい人は
右の道へ行った方が良さそうに思えるけど、左の道を行っても駅に行かれるから
そのままな中山道を進んでください。ボクたちは南木曾で終わりだけど
迷わず、左の中山道を選んで進みました。13時34分 |
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Y字路を過ぎると、また少し街道らしい道になって坂を登ってゆきます。
そうすると蛇抜橋という木の橋が出てくるよ。本当に木でできているので
パパは不審に思って、橋の下を覗いていました。そしたら橋の下は
補強の鉄でできた橋が有ったので、安心していたよ。木じゃ車が通ったら
折れちゃうもんね。立派な石垣が出てきたらもう駅は近いよ。
13時40分 |
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今日最後に出てきたのは、園原先生碑です。この先生は三留野出身で
京都で勉強し偉くなった人なんだって。でもそれは今から300年も昔なんだよ。
そんな昔から勉強をたくさんして偉い先生になったなんて驚きました。
今でも先生の家が残っているんだけど、見ることはできないそうです。
先生の碑から後ろを振り返れば、そこは南木曾駅です。この先で跨線橋を
渡れば、すぐに駅に着くよ。ボクたちの今回の旅はここで終わりです。
13時48分 |