ヘリコプターとお友達との出会い


この先中山道踏切を2回渡るんだけど、最初の「第13仲仙道踏切」の手前
40mくらいの場所で左に入る小径があるよ。黄色い道だよ。この道は
しらなみ坂
言って本当の中山道なんだ、でも今は奥の沢を渡れないようになっているので
入っちゃだめだよ。入口には太い木が道を入れないように通せんぼうしてあるよ。
ボクたちはそのまま踏切を渡って進みます。木曽川の対岸には
フォレスパ木曽恋路の湯が見えてきます。この白い建物がそうです。
10時17分
時刻は10時30分、お腹の空いてきたボクたちは、シートを広げて
お弁当を食べました。また電車が来たので手を振ったら、運転手さんが
警笛を鳴らしてくれたよ。みんな親切な運転手さんでした。今度は
第14仲仙道踏切を渡って、10分ほど行くと国道にぶつかります。
ここはどう見ても国道を進むんじゃなくて、川の反対側の大きな木の
道が中山道と分かるよ。右下の写真が対岸を見たところです。

10時56分
上の写真の黄色い道が本当の中山道だけど、今は川を渡れないので
赤い道の方へ進んでね。国道に合流したら国道を利用して橋を渡って。
渡ったらすぐ左のZ坂を登ってね。ここから
十二兼の集落に入ります。
ここで突然平次と同じくらいのお友達に会いました。名前は
フミヤ君です。
平次は彼の乗り物を借りて、しばらく楽しそうに遊ばせていただきました。
フミヤ君有り難う。フミヤ君の家を過ぎると、左下の写真の分岐です。
よその家の庭に降りて行く方が中山道です。
熊野神社の前に
出てきたら正解です。庭の左には立派な蔵があって、
スズメバチの巣があるよ。
11時07分
熊野神社の坂を下りて行くと、目の前には十二兼北という信号と国道、
そしてその向こうには踏切のない線路が待っていました。またバギーを
抱えて危ない線路を渡るのかと、ボクは冷や冷やしましたが、パパが左の
沢のところに変な屋根を見つけました。降りてみたら、国道と線路をくぐる
トンネルがありました。ちょっと狭く、ガタガタする足場だけど、安全に
渡ることができました。ビーナスラインを渡るトンネルと似てると思いました。
きっとフミヤ君が駅に行くときに渡れるように村の人たちが造ってくれたんだね。

11時15分
トンネルを出たら車道を左にのんびり降ってゆきます。右下の崖はとても
急で、平次は手を離したら転げ落ちそうなので、ママがしっかり手を繋ぎました。
十二兼北のトンネルを出て5分で十二兼駅に着きました。周りにあまり家がなく
駐車場もない静かな小さな駅です。そばの木曽川は狭く深くなって寝覚の床に
似ているんだよ。ポカポカ陽気だったので休んでいたら、岐阜から来た
おじさんたちに合いました。おじさんたちも中山道をおばさんと二人で歩いて
いるんだって、このページを見たらメール下さい。
11時21分

小休所を過ぎると、いよいよ国道歩きが
始まるよ。ここから三留野の入口まで
ボクたちの足で40分間国道の歩道を
歩きます。京都から来た人は、ここで
十二兼駅の方へは行って、橋は渡らず
国道に沿った道を行ってね。
左に小休所が現れたら正解だよ。

11時56分
中川原の明治天皇小休所でボクたちも
休憩しました。ここは平成に復元されたよ。
ヘリコプター墜落現場
2004年3月7日午前9時50分頃、信越放送に取材を依頼された中日本航空のペリコプターが
送電線に触れて墜落炎上。乗っていた鈴木さん・小室さん・三好さん・池田さんの4名が
亡くなられました。この日、荷物も持たない旅人らしからぬ方が、河原にたくさんある
花束に向かっていたので、その事故を知らなかった我々は、水難事故でもあったのかと
思っておりました。しかし、帰宅後ニュース写真を見ると、まさにこの場所に炎上した
ヘリが横たわっており、左の木や石が真っ黒に焦げていた意味が分かりました。
そうとは知らず、手も合わさず通過したボクたち、改めて4名のご冥福をお祈りいたします。
長い長い木曽川の歩道、前も後ろも延々と国道・木曽川が続きます。
与川入口という看板があって黄色いJRのガードが有るところを越えたら
あと15分で三留野の入口だよ。天気がよい日はいいけど、雨や風の日は
とても辛そうな国道歩きです。トラックからもクラクションの応援があります。

12時15分
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