高い道から、木曽川を見下ろしながら

小野の滝
広重・英泉の合作である中山道六十九次の浮世絵に描かれている上松は、この小野の滝の絵です。
明治四十二年鉄道の鉄橋が真上に架けられ、残念ながら往年の面影はなくなりました。
かつてここを旅した細川幽斉は「老の木曽越」のなかで「木曽路の小野の滝は、布引や箕面の
滝にも、をさをさおとらじ、これほどの物をこの国の歌枕には、いかにもらしける」と、
手放しで誉めています。 上松町

国道へ出て、180m進むと山側に大きな滝が現れます。木曽八景の
一つの
小野の滝です。夏だったらそばまで行ってみたかったけど、
今日は寒かったので、人道橋の上から眺めました。実はボクは夏になると
パパと一緒に沢登りに出かけます。この滝もザイルが有れば登れそうだね。

10時07分
小野の滝から700m歩くと左の写真の場所。「止まれ」って大きく書いてある
道が出てきます。国道とY字になった又の部分にあるのが
荻原一里塚跡です。
上松宿内にあった一里塚からちょうど4kmの荻原集落の入口にあり
日本橋から七十三里、京へは六十四里の一里塚です。ここから旧道に
入って荻原の集落の中の静かな道を歩くんだよ。

10時20分
荻原の集落は、たった4分で通過してしまうよ。この荻原集落の出口には
昔、
高札場があったんだけど、今はなにもありません。また国道へ出て、
荻原沢を越えると350mで右の写真の場所です。ここが長〜い、宮戸集落の入口です。

10時30分
入口の坂を登ってすぐ電車の線路をくぐって国道の反対側に出ます。
山と線路の土手に挟まれたとても静かな道になります。ボクたちはここの
土手で10分ほど休憩しました。ここには家が二軒有りましたが、周りに
他の家が全然ないので、夜になったら怖そうだなと思いました。
5分ほど急な坂道を登ってゆくと、線路も国道も木曽川もはるか下の方だよ。
電車や車の中からは、中山道がどこを通っているのか、全く分からない場所です。
重たいバギーを押しながらふ〜ふ〜言って登ってきたパパ。でもここから
下り坂になるから、安心してね。家が現れ
宮戸の集落に入ります。
この先で、左の山の中から木曽古道が合流してきます。その道はもっと
高い山の中に有るんだって、昔の人は足が丈夫だったんだと感心しました。

10時51分
松に囲まれた素敵な家がありました。この先の中山道は草の道になります。
その家の
土蔵の脇を抜けて進むんだよ。この辺は高い場所だから景色が良いよ。
10時56分
土蔵から細〜い中山道を3分下ると、道は線路より低くなって、一番低くなった
右の写真の場所で、ガードをくぐります。たまにしか来ない電車がちょうど
来たんだ。みんなで手を振ったら警笛を鳴らしてくれました。有り難う運転手さん。

11時00分
ガードをくぐるとすぐ国道に出ます。京都から来た人には、分かりづらい
入口だけど、左の
木曽古道の看板が目印だよ。看板をクリックすると
大きな写真が出てくるから、興味のある人は見てください。国道に出たら
すぐ左の線路の土手がある道に入ってください。
11時03分
線路の壁には、途中に水路があって水が流れていました。パパは、国鉄と村の
どちらがお金を出して作った水路なんだろうって不思議がっていましたが
ボクは別に不思議だとは思わなかったので七不思議には入れませんよ。
また国道に出ると、今度は反対側に渡って
立町の集落に入ってゆきます。
地図で見るとこの手前の国道沿いに荻原小学校が有ったのだけど
中山道に沿ってなかったので取材に行けませんでした。みんなごめんね。

11時08分
立町は昔立場があったから立町と言うんだって。その町の出口に近いところに
大きな吊り橋が有りました。コンクリートの橋脚に木の吊り橋、自転車くらいは
渡れそうな大きな橋です。ボクと平次はさっそくおっかなびっくり渡って見たよ。
橋の真ん中から見た木曽川はとても良い景色だから、みんなもここへ来たら
絶対橋の真ん中まで行って眺めてみると良いよ。

11時14分
表紙へ 戻る 地図