その2

バギーのパンクに苦しむスタート


第28日目 2004年3月20日 ここから大河10才 ここから佐武1才

平均気温1.3℃ 最高気温6.8℃ 最低気温-1.5℃ 平均湿度--% 風速0.8m/s 降水量1.0mm 日照時間0.4時間
気象庁電子閲覧室より引用

ボクたちの旅も4シーズン目になりました。1年生だったボクももうすぐ5年生になります。
弟の平次も、もうすぐ4才、最近は「じゅぶんのあし」でよく歩くようになり、ボクと遊びながら
喧嘩しながら、一緒に歩けるようになりました。佐武はまだまだバギーや背負子に乗っての
旅ですが、今回はおろせ、おろせと騒いでいます。秋までに何処まで行けるかなぁ!

上松駅前の信号を過ぎたら、左側を歩いてね。200mほど行くと、清水屋酒店があるよ。
その先を
歩道橋に向かって左の細い道を登るんだよ。この坂は寺坂だよ。歩道橋の先で
左に折れないと、旧国道沿いの道になるから気を付けてね。

8時56分
こんな、階段の道になったら正解です。右の写真は上の車道に出たところ、
京都から来た人は、ここから降りてください。寺坂を登り切って車道に出ると
すぐ上松小学校があります。ここからは上松町郊外って感じになります。

9時01分
上松小学校の中には、斉藤茂吉や藤村という人の石碑が有ります。
「駒ヶ嶽見て そめけゐを背後にし 小さき汽車は 峡に入りゆく」茂吉
「山は静かにして性をやしない、水は動いて情をなぐさむ」藤村

なんて書いてあるらしいけど、ボクにはもう一つの首の方が気になりました。
これには、1960年10月6年4組って書いてあります。今から40年以上も
昔の小学生が造ったんだよ。そして4組というのも驚きました。
最近の小学校は子供が減って3組までしかないのが普通なのに、こんな
小さな町の小学校でたくさん子供がいた時代が有ったんだね。
きっと、材木を切ったり集めたりした人が、今よりたくさんこの町に
すんでいたんだろうと、ボクは思いました。  
尾張藩直轄 上松材木役所跡
寛文三年から四年にかけて尾張藩は木曽総山の検見を実施し、その大半が伐られ、
尽山も多いことに驚き山村代官から山に関する一切の業務を取り上げ、上松の原畑
の地に直轄の材木役場を作ったといいます。
この役所は、南北六十五間、東西五十五間で三千五百坪という広さです。また、周囲を
高土手や丸太で囲い、大砲まで備えた堅固な陣屋でした。中には、奉行屋敷・東長屋・
中長屋・奥長屋があって奉行・吟味役・調役・目代・元締・同心が常時詰めていました。
また、陣屋内には、水天宮・三島大明神・伊勢神宮・熱田神宮・御岳大権現の五社を
祀ってありました。
学校の敷地の外れには、材木役所跡が有ります。福島にいた代官さんに任せて
置いたら、山が荒れたって書いてあるけど、代官さんは木曽の人たちにやさしい
かったから、そうなったんじゃないってパパが言っていました。学校を過ぎて坂を
降ってゆくと、T字路に突き当たるよ。これを右に降りると国道へ出るけど、
中山道は、左に登ってください。すぐに中沢橋を渡り430mで国道の上に出ます。

坂の途中で、面白い地名を発見・「上松町・北見帰」って書いてあります。
「ほっけんき」か「きたみかえる」か「きみき」か、なんて読むんだろう。
なんて考えていたら、パパが急に騒ぎ出しました。どうやら、佐武のバギーが
パンクしたらしいのです。上松の町にも自転車屋さんは無かったし、これからも
なさそうだし、困った困ったと言っていました。佐武はたいして重たくないから
チューブが破けるなんてことは無いけど、左右のバランスが崩れ、押すと
パンクした方へ曲がってしまうので、補正するのに疲れると言っていました。
国道の上に出ました。ちょうど国道が、トンネルから出た場所で、眺めがいいよ。
9時21分
ここは、寝覚ノ床入口の越前屋とたせやです。越前屋は江戸時代からのそばやで
たせやはむかし立場茶屋だったんだよ。江戸時代も寝覚ノ床は観光名所だった
のだから、この辺はすごく賑やかなところだったんだろうね。今は下の国道の
周りに色々なお土産屋さんとかがたくさんあって賑やかだけど、ボクはこっちの
方が好きです。寝覚ノ床は電車の中から見たので、危ない国道を渡るのが
大変なのと、坂道を上って帰ってこないといけないので、ボクたちは行きませんでした。
パパは、パンクが気になるらしく、もしかしたらパンクじゃなくてバルブがゆるんで
空気が抜けただけじゃないかと、越前屋さんに空気入れを貸してもらいに
行きましたが、結局、また空気が抜けてしまい、がっかりしていました。

9時31分
工事の車がいてよく分からないと思いますが、青いトラックの後ろにそびえて
いる木が上松町
天然記念物の桂の木です。上松町で一番大きな桂で幹の
周りは4.1mも有ります。ずっと昔、上流で山崩れがあって、そのとき苗木が
流れてきたここで大きくなったという伝説が有るそうです。
ちょっと歩くと、正面に白い建物の寝覚簡易郵便局が出てきます。中山道は
この郵便局で左に入ります。細い道を登ってゆくと左は
上松中学校になるよ。
学校の前の道は綺麗に舗装されたちょっと広い道で、右側には新しい住宅もあるけど
なんだか行き止まりみたいな道ですが、実はその先に
中山道の石畳が残っています。
50mほどの短い下り坂だけど、立派な石畳だよ。

日本橋から290km
9時39分
石畳を降りたらその方角へ、つまり左へ進みます。150mも行くとなめ川を渡る
橋です。京都から来た人は橋を渡って右上に登ってゆく石畳の小径を見つけてね。
橋を渡ると860mこんな緩やかな下り坂が続くよ。新緑の頃なら気持ちの良い
道なんだけど、3月と言っても木曽路はまだまだ春は遠いと言った感じです。
老人ホームを過ぎると、中央本線のガードをくぐって国道に出ます。ガードを
出たところで、左に曲がるのが本当の中山道なんだけど、今は民家の庭に
なっちゃったので、なんとなく入りづらくボクたちは、ちょっと遠回りして
国道へ
出ました。京都から来た人は、小野の滝を過ぎて180mのところにある、
県道266号萩原小川線に入ってください。

10時01分
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