上松町・板敷野

平成の中山道、最大の難所は、やはりここの国道でしょう!

神戸から国道へ出て1分歩くと左の写真の旧道が待ってるよ。何も案内は無いけど
ここまで歩いてきた人は、勘でも分かるよ。ボクだって「こっちでしょって」さっさと
歩いていったくらいなんだ。更に1分歩くと、道はY字路になってここはちょっと
悩みます。でも何となく左に道は新しそうな感じがします。Y字の真ん中に
赤い
消火栓
があるから、それが目印だよって観光案内所のおばさんも言ってましたが、
ここでは
右に進むのが正解です。左へ進むとJRの線路を越えるので、間違いに
気が付くはずです。なんか迷路を歩いているようで楽しいね。

13時38分
4分歩きました。今度は松の木2本が目印です。ここで道は右にカーブして
国道へ下ってしまうけど、中山道は線路沿いの草むらの道を進みます。
国道へ出てもあまり変わらないけど、沓掛馬頭観音が見られなくなっちゃうよ。

13時44分
 沓掛馬頭観音
 霊験あらたかで有名なこの馬頭観音の
 縁起によれば、昔、木曽義仲公の名馬は
 人の言葉が分かりました。義仲が木曽の
 桟の絶壁に通りかかり目算で「七十三間
 とべ」と号令をかけました。馬は命ぜられる
 まま正確に七十三間とびましたが、実際に
 は七十四間あったので、人馬ともに河中へ
 転落してしまいました。義仲は九死に一生
 を得て助かりましたが、かわいそうに名馬
 はなくなりました。そこで義仲は金の観音
 像を作らせて一堂を立てて馬の菩提を弔っ
 たといいます。それがこの観音堂にいわれ
 です。以前はもう少し南の観音坂にありま
 したが、明治四十三年の鉄道工事の折り
 に現在地一里塚の上に移築されました。
上の写真で、ボクが立ってる場所がここです。
左はすぐ線路、右はよその家の生け垣。
その間の
草むらの道を歩きます。
遠くにトンネルが見えるよ。
舗装路へ出たら、今度こそ舗装路を右の方へ
降りていってね。しかし正面に
小さな林があって祠みたいなのが見えるから、
登って見てください。そこが
右の写真の
沓掛馬頭観音だよ。
昔はこの馬頭観音の前の道が中山道だったけど
その先が崖になって通れなくなったんだって。
この場所からは遠くに木曽の桟が
見えるんだ。3倍ズームのパパの
カメラじゃ写らないので、本物を見てください。
観音堂の場所は一里塚跡なんだけど
入っちゃ行けないぞってロープが有るんだ

















13時47分
平成の観音坂を下って国道へ出ました。その直前に一里塚の碑があります。
京都から来た人は、木曽の桟を過ぎたら右側を歩いてこの碑が見えたら坂を
登ってください。この坂からも木曽の桟がよく見えます。
ここが有名な木曽の桟だよ。かけはしって何?ってボクたちは聞くから聞いてね。
この字はえつりって読むんだけど、さんと読んで障子の骨のような事を言うんだよ。
大昔は中国の三国志に出てくる「蜀の桟道」が有名だね。垂直の崖に人が通れる
ように崖に棚を架けるんだ。写真の赤いのが橋。左の国道のが桟道だよ。
パパも昔、
黒部の下の廊下という場所で凄く怖い桟道を歩いたことがあるんだ。
13時58分
桟を過ぎると木曽川に沿って、延々と国道を歩きます。ず〜っと向こうまで
見えるから、嫌になっちゃうかもしれないけど、距離はたいしたことないからね。

14時07分
こんな古い吊り橋が出てきたら、そろそろ平成の難所が近づいてきたよ。
この吊り橋は対岸の家へ行く橋なんだけど、今は使われてないから渡れません。
こんなおっかない橋を渡っていたなんて、ボクには信じられません。
この辺から国道の歩道がなくなり、狭い白線の中を進みます。
ここが木曽福島観光案内所のおばさんが、一番気にしてくれた
難所です。この先に橋が有るんだけど、白線の中も狭くてとても
怖い場所だよ。トラックのおじさんも、何でこんな所をバギーが
歩いているんだって不思議そうな迷惑そうな顔をして通り過ぎます。
14時18分
JRのガードをくぐれば難所も終わります。向こうに見えるトンネルの手前の信号を
右へ進めば、上松の町だよ。みんな緊張しちゃって疲れちゃったので、信号の広い
歩道で一休みさ。ママも「へとへとだ〜」って怒っていました。

14時28分
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