木曽漆器の街

街中が漆器屋さん、大勢の人たちが買いに来ています

木曽の漆器は今から600年ほど前に木曽福島から始まりました。その技術が
400年ほど前奈良井宿に伝えられ、平沢が漆器の街として発展したのは、明治
に入って錆土という下地材が有ったからと言われています。現在、国の伝統
工芸品産地として31の地域が指定を受けていますが、その一つが
平沢です。
左が楢川村役場で、芭蕉の句碑があるけど、本当の中山道はこの間から
上の
諏訪神社境内に入るのが正解だよ。そして右の写真の場所へ
降りてきてね。ボクたちは分からなかったので、また舗装路を歩いて来て
しまいました。諏訪神社鳥居の前を右に砂利道を下る
諏訪坂は、昔の道だよ。
13時16分
いよいよ平沢の街に入ったよ。ほかの宿場と違って、軒並み漆器屋さん。
どのお店をのぞいても、お椀やお盆がたくさんあります。国道から離れて
いますが、ボクたちと違って街道を歩くのではなく漆器を買いに来た人が
大勢いたので驚きました。こんな場所にこんな街が有ったなんて
パパも知らなかったって驚いてお店をのぞいていました。

13時35分
この辺は、本山宿と同じ斜交屋敷が続くよ。斜交屋敷だと、家の前の三角の場所に
車を止められるので、ほかの宿場と違ってバギーで進むのに邪魔にならないから
いいんだよ。他は、狭い宿場に駐車が多くて、車が来るとよけるのが大変なんだ。

13時37分
どのお店も古い看板があって昔からやっているんだね。でもこんなにたくさん
同じ漆器のお店があって、みんな売れるのか心配していたら、パパは、別に
この場所だけで売っているんじゃなくて、日本中のデパートとかへ持っていって
売っているんだから大丈夫なんだと教えてくれました。そんな漆器屋さんの
間に駅へ行く道が遠慮っぽく有りました。ここから電車に乗る人は注意してね。

帰宅後、「漆芸・巣山元久」という工房から応援のメールを
いただきました。私たちはすっかり見逃してしまったのですが、
工房を公開している素晴らしい建物、国の
登録有形文化財
なっています。この当たりにあるので、是非のぞいてみては。
13時41分
平沢の街はずれに来ました。ここで踏切を渡るのかガードをくぐるのか迷いますが
本当の中山道は踏切を渡ります。でもガイドブックにはガードとなっているよ。
ガードの道の方が堤防の上の快適な道で、踏切を渡ると国道で車が多いから
なんだ。でもボクたちは楢川小学校を見たくて国道の道を選びました。

13時51分
ここが国道沿いにある楢川小学校だよ。もちろん中へ入って取材したから
小学校のページで見てください。学校をすぎると
奈良井大橋だよ。昔の中山道は
ここで橋を渡らないで、もう少し奈良井駅の方へ行ったところに橋が有ったんだ。
そして山へ登って二百地蔵へ続くんだけど、今はもう道がないよ。

14時11分
奈良井大橋の上から見た奈良井の宿だよ。遠くの山の左の低くなった
ところが鳥居峠だよ。この川は奈良井川で松本で梓川と合流して犀川になって
長野で千曲川と合流して千曲川になって、新潟県に入って信濃川となり
日本海へ流れてゆきます。でもあの峠を越えると川は太平洋に流れるんだって
とても不思議な感じがしました。雨は少し落ちる場所が違っただけで
たどり着く海が違うんだね。

14時15分
中央線の踏切を渡ればあと330mで奈良井の駅です。今回の旅は奈良井が終点。
ここから電車で塩尻に戻ってホテルに預かってもらっていた車に乗り換えて
おうちへ帰ります。次は10月の後半。お山もきっと紅葉できれいになってるね。

14時19分
電車がなかなか来ないので、パパは一人で山へ登ってゆきました。
ボクたちは、とてもお腹が空いたので、駅前のおそば屋さんで美味しい
おそばを食べました。ここのおそばは、とても美味しかったよ。

14時34分
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