いよいよ二十二里にわたる木曽路へ


第25日目 2003年9月23日

平均気温12.0℃ 最高気温17.9℃ 最低気温5.1℃ 平均湿度--% 風速2.2m/s 降水量0.0mm 日照時間5.6時間
気象庁電子閲覧室より引用


昨日は、塩尻駅前のホテル中村屋に泊まって、今日の出発地の日出塩まで
電車に乗ったよ。ワンマン電車で乗るときも降りるときもボタンを押してドアを
開けるんだよ。日出塩駅には駅員さんがいないので、降りるときは切符を
運転手さんに渡すんだよ。こんなおもしろい電車初めてです。電車の時刻
なんかを調べたい人は、左の絵をクリックしてください。
日出塩の町もお祭りで、町はずれの神社へみんなで大きな柱を担いで行ったよ。
町外れまで来ると、国道の下をくぐって国道と合流するんだ。歩道もあるから
安心して歩ける国道だよ。ここには「是より南木曽路の碑」まで1.2kmという
看板があるよ。途中「
中部北陸自然歩道案内図」や「桜沢木曽路入口」の碑
ようこそ木曽へ」の駐車場、村営バス桑崎口停留所なんかを右手に見ながら
楢川村の看板が出てきたら、いよいよ木曽路に入ります。

8時14分
いよいよ木曽路だよ。下向いて歩いていると通り過ぎちゃうほど目立たないよ。
ここから馬籠までの二十二里、十一宿が木曽路なんだ。ボクたちはここを
六日間かけて歩いてゆくよ。本当は、このそばの桜沢にある、橋が昔の国境なんだ。
今は、この「
是より南 木曽路」の碑だけが目印だね。
8時51分
国道の左に見えるのが木曽路の碑、右に登る坂道が見えるでしょ、そっちが
中山道なんだよ。このまま国道を歩いちゃだめだよ。ボクたちも見落としそうに
なったけど、右の柱にいつもの黄色いステッカーが貼ってあったから分かったよ。
パパはまた和田峠手前の地獄の道を思い出して、がっくりしていました。

8時53分
地獄の道の時は、自転車と重いバギーだったので大変だったけど、今回は
軽いバギーを持ってきたのでパパが担いで登りました。途中はこんな
落石防止のネットがあって、すぐ下に国道を見ながら進むんだ。

9時04分
右の写真の右の山に国道への出口があります。京都から来たひとは、
国道の
168.3kmの看板が目印だよ。ここから山へ入ってね。入るとすぐに
石仏があるから分かるよ。ここの地獄の道はあまり長くないから安心だよ。

9時09分
少し行くと明治天皇が休まれた家があります。この辺が桜沢の集落です。
石垣の上に歩道が張り出してあり、その下におうちがあるよ。昔の中山道は
どの辺を通っていたんだろう。元々狭い谷に鉄道と国道ができたので
中山道もずいぶんなくなっちゃったんだって。でもボクはこんな歩道を
平成の中山道だと思って歩いているんだよ。

9時12分
この橋は昔の国道の橋で今は使われていないよ。パパが試しにここが中山道だと言って
探検に行ったけど、道路が崩れていて通れないことが分かりました。みんなも中山道だと
思って入っちゃだめだよ。国道を行くと気温の表示が出ているあたりだよ。
今日の気温は13度だったよ。天気がよいので歩くには最高だね。
片平という
ところで少しだけ旧道が残っています。でもすぐ国道へ戻るよ。

9時22分
ここは若神子の手前の国道だよ。空がとっても広くて山がきれいで気持ちがいいよ
ママもこの道は気持ちがいいと言って喜んでいました。でもバギーに乗った平次が
重たいので苦労していました。佐武はパパの背中で寝てしまいました。

9時34分
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