本当に有ったぞ!黒曜石

やっほ〜。峠の向こうに町が見えるよ。高速道路も見えるよ。何処の町かパパに聞いたら
今日ボクが通ってきた岡谷って町だそうです。高速道路は長野自動車道で、中央と分かれ
トンネルに入る直前の道だって。写真にマウスを置くと望遠鏡になるよ。
11時37分

2005年春、下諏訪に「中山道を守る会」が出来ました。
会長は下諏訪宿の角(奴の隣)のまるやの親父さんです。
以下、下諏訪宿をメンバーの西村さんの紹介でもご案内しましょう。

子供の中山道の歩きは珍しいですね、ぱぱは良く調べたね、
我々の秘密の場所全部見透かれたみたいです。
 和田峠までの上りは坂が緩やかで楽だけど、下りはそうは行かないんだよね、
昔も今も「お籠」も「馬や牛」も通れなかった道ですから、
 「和宮」と云うお姫さまは「背負子」(しょいこ)という道具で後ろ向ききに背負われて
登ったらしい、殿様は急な所2〜300mは自分で歩いたのかな?。
 下諏訪町や「中山道を守る会」ではこの坂が売りものです。いかに『昔の道をそのまま
残す」かということを考えていましす。しかし危険があってはダメです。
 最近「中山道を守る会」が出来、町との共同事業で、だいぶ手入れがされ、皆さんに
喜ばれています、また雪の無い時期には会員が時々見廻りに歩いています。
 3年前よりはるかに歩きやすく成りました。
 そうは言っても、もう53里の一里塚は見ることはないでしょう。
あの一里塚の文字は当時(30年前)の町長さんが書かれました。

「下諏訪中山道を守る会」
和田峠は、そのまま進めば中山道だよ。でも和田村側と違って狭くて急な坂道だから
歩くのが大変です。ボクは大丈夫だけど、平次は手をつないでないと、そのまま
転がって落っこちゃうような道なので、ママは緊張していました。途中の土が出ている
ところで、大きな石に挟まった黒曜石を見つけたよ。右の写真のところだよ。
11時46分
水飲み場って看板が出てきたからなんだと思ったら山の中から美味しい水が
出ていました。平次も両手で上手に飲みました。川なんか無いのに竹の筒から
水が出てくるのがとても不思議でした。右の石垣は
石小屋跡です。荷物を置いたり
人が避難したんだって、長さが55メートルもある大きな小屋だったんだよ。
12時4分

「峠のしたの水呑み場は「柳原清水」と言います。最近町の陶芸家が作ってくれたコップ
が置かれています、裏に名が入っています。
「下諏訪中山道を守る会
 噂には聞いていましたが、とんでもない道になってきました。雨の後、道が沢になる
ことは、山へ行けばよくあるパターンですが、さすがに子連れの中山道では、大変です。
平次だけが、運動靴なので水の中には入れません。しかし彼は面白がって入りたがります。
ここで、靴を濡らされたら後が大変なので、誤魔化しながら進みました。
12時15分
いったん広い場所に出ると、下諏訪町の教育委員会が建てた中山道の標識があるよ。
ここからすぐ国道を横断します。降りるところに標識があるから分かり易いよ。
12時30分
これは何でしょう!黒曜石だぞ〜!最初の国道からの降り口が雨のために
表面の土が流され、下にあった黒曜石がたくさん表に現れたんだよ。
ボクが最初に見つけたんだ。あんまりいっぱいあるからママも夢中です。
平次も憶えて拾いました。全部で20〜30個もこのくらいの大きさの黒曜石を
拾えたのでボクはすごく満足です。夏休みの宿題の材料にするんだぞ〜。
12時31分
10分ほど下るともう一回国道を横断して西餅屋跡に出るんだよ。昔はここにも茶屋が
建っていたんだって。今では県境だけど、昔は藩界がここにあったんだって。国境みたいな
もので大事なところだったって看板に書いてあります。だから4軒も茶屋や番所が有りました。

12時54分
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