その2

ちょっと〜。キャンプ場に野犬がいて進めないぞ!

今度は、接待から出発して東餅屋へ向かうよ。ここも、こんなにきれいな道が続くよ。
右下にある石碑は、「
近藤谷一郎巡査殉職の地」なんだ。殉職って何ってパパに
聞いたよ。でも何でこんなところで死んじゃったんだろう。いつ頃のことなんだろう。
パパも、ボクも気になって調べてみたけど、分かりませんでした。きっと大変
だったんだろうね。そんなことを考えながら、このきれいな道を登って行きました。
9時29分

2005年9月、その近藤巡査の子孫の方からお便りをいただきました。
その方も7〜8年前、祖母と家族でこの碑へお参りしに行き、 初めてこの碑の存在を
知ったそうです。近藤家は新発田城に仕えていて、今も殿様から貰った刀が あるそうです。
明治中頃、二十二歳の近藤巡査は窃盗犯を護送して下諏訪へ向かう途中、
この場所に差し掛かったところ、用を足したいという犯人の願いを心優しくも
聞き入れて、両手を縛っていた縄をほどいてあげたら、背後から石で頭を殴られ
その窃盗犯に殺されてしまったようです。近藤家の直系の子孫は途絶えて
しまいましたが、母方の子孫である”藤山七夏”さんがご健在で連絡をくれました。
このサイトをご覧になってから現地を訪れる方は、是非ご冥福をお祈りください。


接待から、東餅屋までの道は、接待までの道と違ってちょっと変化に富んでるよ。
小さな橋を3つ渡ったり、
石畳の道が現れたり面白いよ。途中でまた休憩所も有るよ。
この川で黒曜石を探そうと思ったんだけど、川へ降りる道が無いのでダメでした。
ず〜っとボクと一緒に歩いてきた平次だけど、ここの石畳は滑りやすくママに手を
つないでもらって歩きました。平次の靴だけが登山靴じゃないので大変です。
9時52分
森がポッカリ開けて明るくなりました。そこに草の山が有ったのでビックリしました。
これは、
広原の一里塚で日本橋から52番目の一里塚だよ。両側に残っているけど
反対側は、草ボウボウでよく見えないよ。昔は、あまり木がなくて笹の原だったんだって
雪が積もったときは、この一里塚が頼りだったって看板に書いてありました。
10時3分
日本橋から210km
左側が広い芝生になって明るくなったところが、和田峠のキャンプ場だよ。一人一泊
700円で泊まれるよ。テントも1500円で借りられるから、今度来たいと思いました。
炊事場も屋根が付いた綺麗なところだし、芝生も綺麗だけど、黒い大きな野良犬が
いたので、ボクたちは怖くなって急いで国道へ登りました。あの犬は誰の犬なんだろう。
ちゃんとつないでおいてくれないと、怖くて歩けないじゃないか。
10時12分
ここが、東餅屋跡だよ。古い建物は残っていないけど、ドライブインが有るよ。
名物「力餅」と「黒曜石」の看板があったけど、お昼ご飯は買ってきたし、黒曜石は
自分で見つけなくちゃ意味ないからお店にはよりませんでした。何も持ってこない人は
ありがたいお店だよ。この先のビーナスラインと分かれるところまでは、国道を
歩きます。下に新和田トンネルがあるけど、お金が高いせいかトラックも走って
来るから気を付けて歩いてください。
10時13分
表紙へ 和田峠へ 和田峠3へ 地図へ