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| 第22日目 | 2003年7月26日 ここから平次3才 |
| 今年は、まだ梅雨が明けてないけど、晴れ間を選んで行かないと、だめだってパパは、 思っているらしく、毎日、天気予報とにらめっこでした。何でも下諏訪の宿が高いので、 雨で失敗すると痛手だそうです。今回も1泊2日の旅で、和田村の男女倉口から、 和田峠を越えて下諏訪まで行き、そこで1泊して、次の日は塩尻峠を越えて 塩尻の町まで行きたいんだって。2日間とも天気が良ければ良いと思いました。 |
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![]() 和田峠を越えるのは大変らしく、パパは変な作戦を 考えていました。 峠の山道を歩くのには、 前回の地獄の道で懲りたのでバギーは 使いたくありません、でも、国道を歩くときは おんぶしているよりバギーの方が楽です。 そこで、途中の山の中にバギーを隠しまし た。誰かに持って行かれないかとボクは、 心配でしたが、大丈夫でした。タクシーの 運転手さんも、面白い作戦だと言って、感心 していました。それでは、男女倉口から、 和田峠へ向けて出発します。8時9分 |
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| 佐武も6ヶ月たって、だいぶ大きくなったけど歩けないからパパの背中に乗って 出発です。ボクと平次は歩いて登るんだ。平次が途中で歩けなくなったときのために おんぶ紐も用意したよ。出発するとすぐに、こんなトイレのある休憩所があるよ。8時20分 |
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様が一番たくさんあるよ。裏はコケが いっぱいで緑色だけど、表はきれいに 磨いたみたいだよ。平次も不思議そうに お地蔵様を見ていたけど、本当は、虫を 探していたんだよ。和田峠の登りで、 こんなにいっぱいお地蔵様が有るのは ここだけだよ、 |
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| 出発した男女倉口と、国道と合流する接待茶屋のちょうど真ん中に、こんな標識があるよ。 距離は両方とも800mって書いてあるよ。接待茶屋までの道は、道幅も広く、坂も緩く 草もきれいに刈ってあってとても快適な道だよ、まるで芝生の道を歩いているようだね。 前に家の屋根が見えてきたら、接待茶屋に到着だよ。8時38分 |
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| 接待って呼んでいるけど、本当は和田峠施行所って言う名前なんだって。 昔、中山道を歩くのは大変だったので、江戸のお金持ちのかせや与兵衛という人が、 幕府に1000両寄付したんだって、その利子の100両を二つに分けて、碓氷峠と ここに施行所を造って11月から3月までは、お粥とたき火をサービスし、馬や牛には 年中、餌をくれたんだって。そう言えば碓氷峠でも施行所っていう看板が あったのを思い出しました。向こうには建物は無かったね。せっかくだから ボクたちは、この施行所で休んで行くことにしました。佐武のおむつ替えなくっちゃ。8時56分 |
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| そう言えば、この接待にはきれいな水が出るところがあって、車でポリタン持って 汲みに来ていた人がいたよ。ボクも飲んでみたらとても美味しい水でした。 さて、この接待の前の舗装路を少し登って、最初のカーブのところから、また旧道が 始まるよ。カーブミラーと青い看板が有るから分かり易いよ。9時9分 |
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