その5

地獄の道から天国へ

さあ,地獄の道の入口です。私もここはてっきり唐沢集落へ入るのが中山道と
思っていたのですが,とんでもない間違いでした。この林道の入口にしっかり
例の青い道標があって中山道はこの上と矢印は語っていました。さて,皆さんは
歩いて行くだけだから,きっと木立の中の快適な道になると思いますが,
バギーに自転車の我がチームはとんでもないことになりました。というのは
バギーはオフロード用に大きな車輪のものではなく,町乗り用の小径の車輪
これが,砂利道ではまったく進んでくれません。結局,佐武を抱いてバギーを
持ち上げてご覧の通りの有様です。こんな道がこれから650mも続くことになります。

11時07分
最初,パパが佐武を抱っこしてバギーをボクと持ち上げて,ママが平次の乗った
自転車を押していたのだけど,坂が急になってママは自転車押せなくなっちゃったので
パパが自転車,ママが佐武,ボクがバギーになっちゃたんだ。押したり曳いたりしても
なかなか前に進んでくれないから,ボクは泣きたくなりました。すぐに良い道になるから
ってパパは言うけど,右の写真の場所で
林道を右折して入って行く山道を見たら
ガッカリしました。何時になったらこんな変な道終わるんだろうと悲しくなりました。

11時13分
今度は,壊れそうな木の橋が出てきました。板が腐っていて下に落ちそうで
怖かったよ。バギーも車輪ががたがたしてなかなか前に進みません。
それからまた急な山道,押して動かないバギーを仕方なく引っ張って登りました。
ママも重たくなった佐武を抱いて一生懸命登って行きました。
パパは馬力があるので平次の自転車をぐんぐん押して行ってしまいます。

11時14分
暗かった森が突然開けて,こんな素敵な場所に出ました。両側にお山があって
平次とお山から駆け下りて遊んだよ。ここが唐沢の一里塚なんだって。一里塚跡
じゃなくて本物の
一里塚が両側に残っている珍しい場所だからみんなも頑張って
この道を登ってきてね。芝生が気持ちよくて天国みたいだなぁとボクは思いました。

11時26分〜11時37分
この一里塚は江戸時代の終わりの方ではもう街道から外れていたと書いてある
から,歩いてきた道が中山道じゃなくなってずいぶん時間が経っているんだよ。
その後の中山道はきっと今の国道で消えちゃったんだね。京都方面から
来た人は,国道の右側にちゃんと看板があるから分かり易いよ。
ここを登ればすぐ一里塚だよ。そのあと道が悪いから引き返して国道を
歩いた方が歩きやすいと思います。一里塚の説明はここです。

11時41分
一里塚の階段を下りて,国道142号線を歩きます。すぐのところに左に入る
道があるけど,お山の中に行っちゃうので,無視して国道を歩いてね。橋を
2回渡って急な坂道をどんどん登ります。ママもそろそろバギーを押すの
くたびれちゃったみたいだね。パパがもう少しだから頑張ろうと励ましました。

11時53分
一里塚の出口から980m行くと,国道が二つに分かれます。右に行くのが古い国道で
和田峠を越えて下諏訪へ抜けます。左の道が新しい国道でトンネルをくぐって一気に
下諏訪へ行く道で有料道路です。ちなみに一般車は620円です。ボクたちは中山道
なので,ここは右の古い国道の方へ進みます。あと120mでゴールです。

11時58分
今日のゴールの男女倉口が見えてきたよ。国道は大きくUターンするけど,
中山道はここから山道に入るんだ。バギーのママはもうヘロヘロです。

11時59分
ここが,男女倉口の旧中山道入口だよ。このおじさんたちは大阪から来た山本さんたちです。
やっぱり中山道を歩いていて,ホームページでボクたちのこと知っていたんだ。
同じ本亭旅館に泊まっていて,今日はやっぱりここまでで,またバスで宿に帰って
明日,ここから下諏訪へ向かうそうです。ボクたちも今回はここで帰ります。
この後,パパは平次を自転車に乗せて,坂道を本亭旅館まで下って自転車を
車に積んで戻ってきました。その間20分でした。パパに聞いたら車より速く走った
んだって,危ないからやめてください。唐沢の一里塚を見過ごしたおじさんたちは
バスが車で時間があるからと言って一里塚を見に来た道を下って行きました。
その後メールが来てまた何処かで逢えたらいいねって書いてありました。

12時01分
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