その4

宿場をあとに、和田峠への長い登りが始まります


第21日目 2003年6月7日

平均気温15.2℃ 最高気温21.1℃ 最低気温10.9℃ 平均湿度--% 風速1.3m/s 降水量0.0mm 日照時間0.0時間
気象庁電子閲覧室より引用


ボクたちが寝ている間にパパはどうやら一人で散歩に行ってきたらしい。
パパはいつも早起きで,ボクたちはお寝坊。仕方ないか。ところでパパは何処へ行って
何を見てきたのかな〜興味のある人はパパの顔をクリック。さて,今日も出発。
高札場
跡や道祖神を見ながら
鍛冶足のバス停を過ぎると,和田の宿もそろそろ家が少なく
なってきます。突然信号機が出てくるから,渡って右斜め前へ進んでね

                   9時06分

お散歩
信号を渡ると,五十里の一里塚があるよ。日本橋から五十里ってことは200kmだね。
ずいぶん歩いてきたもんだ。でもボクたちの200kmは和田小学校のところだったんだ。
ボクたち,昔は歩けたけど,今は線路なんてとこをかなり迂回して来たからちょっと
誤差があったね。しかししかし小学校から
1897mで,ここまでだから大したこと無いね。
パパは歩いた道をゼンリンの
Zm@p on net for PCというオンラインソフトで
計っているけどすごく正確なんだね。ここには
古い道標も有って,左・松澤歩道,
右・諏訪街道って書いてあるよ。ボクたちはその
諏訪街道を進むことになるんだよ。
この道標の右の道で,国道ではないから注意してください。街道らしい道だから分かり易いと思うよ。

 9時25分
旧道に入るとすぐ右側の家に変なものがぶら下がっていました。パパに聞いたら
どうやら,田んぼに田植えをするときに線を引く器具じゃないのって教えてくれました。
車輪が5個付いていて人が引けるようになっているのでそうらしいと思いました。
その次は,家の壁にウッドペッカーの絵が描いてあるいえがあるよ。ここは
材木屋さんみたいだよ。
大出というバス停が現れたら,更に左の細い道
進んでください。細くて間違えみたいだけど,よく観ると道標も有るよ。

 9時29分
細い道の急な坂道を登って行くと,ここで国道に合流します。ここの国道は
狭くて,曲がりくねっていて,
大型トラックがたくさん通って,歩道が無くて
とっても危ないから本当に気を付けてください。すぐに右側に渡った方が
広い駐車帯があって安全だよ。中山道のホームページを出している人が
みんな
危ない道だって言ってたけど,本当に危ない道だよ。パパが先頭に
なって,見えないカーブの時などは,対向車が見える位置まで車道へ出て
遠くから来るトラックに人がいるぞって分かるようにしながら歩いていました。

 9時38分
そば処黒曜に続いてあるのが,食事処杉の屋だよ。ここからの直線は左側に
歩道があるから,左を歩いてね。そして直線が終わるところでまた右側だよ。
旧道出口から1200mで
東邦パーライト工業があって,そこから860mでこの写真の
扉峠入口になるよ。中山道は真っ直ぐだから曲がらないでね。
 10時27分
この直線を322m行くと川を渡ります。ここには旧国道が右側に残っていて
良い休憩場所になるよ。歩道も広くてこの辺まで来ると歩きやすくて
助かります。ボクたちはあまり急がないので,その川の辺でお昼ご飯にします
ここが旧国道の橋,早速旅館が作ってくれたおにぎりを開けてみました。
大きなシソなんかが入ったおにぎり2つと漬け物が付いています。木の皮に
包まれていてとても
美味しいおにぎりです。3人分頼んで平次と二人で
ひとつずつ食べました。そして時間があるのでここで遊びました。

10時33分〜10時59分
お腹もいっぱいになったので,また歩き始めたのですが,川から200m歩いた
この場所をみんな憶えて置いてね。先に歩いていた大阪のおじさんたちは,
ここで国道を真っ直ぐ進んで失敗していまいました。この先右に曲がるのが
唐沢の集落へ入る道,中山道はこの左の山へ登って行く道がそうです。
まさか,こんな道があるとはパパも考えていなかったのでこれからボクに
とって
地獄の道が始まります。でもまだこのときは誰も分かりませんでした。
11時05分
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