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朝の散歩

峠を越えて,下諏訪まで行く方は和田宿を早く発たねばなりませんが,
私たちのように男女倉口まで,と言う方は是非早朝の散歩をお奨めします。
小さな村ですが,ご覧の通り近いところに見所が有り,1時間は楽しめます。
現在地とある,脇本陣の前が私たちの宿である本亭旅館になります。
私は,ここから信定寺に向かい山道を登り新海神社へ行きました。
その後,脇本陣まで戻り,再び本陣からかわちや,菩提寺と回って戻ります。
和田城址も近いのですが,地元の方に木が多く景色は期待できないと
言われ山の上は眺めの良い新海神社だけとなりましたが,皆さんは是非。

信定寺
信定寺は,戦国時代武田信玄が信濃を攻め,そのとき城主大井信定が討ち死に
その菩提を弔うため天文二十二年に建立されました。徳川時代に入り,例幣使日光
参詣のさい和田宿に泊まり京都二条城祈願寺となり,諸大名が参詣するように
なったと言われます。この寺の梵鐘は元禄時代の作でしたが,やはり太平洋戦争で
供出され,現在の鐘は昭和五十三年になり,この山門に吊されました。
山門を兼ねた楼門は,柱が細く腰高でおぼつかないところに趣があります。
他に,楼門をくぐって右側の虚空蔵堂に室町時代の一本彫の虚空蔵菩薩が
安置されています。この仏様を拝むと記憶力が良くなるようなので,心当たりの方は・・・

新海神社
信定寺から,少し戻り右へはいる細い道を行くと和田城址遊歩道に出ます。
ここから,真ん中の写真のような草の道を登ると,段々展望が開け,まずは
新海神社の参道へと進みます。
新海神社は,八幡神社,熊野神社と共に和田宿の守護として祭られた神社です。
三間社流造の本殿は間口2.7m,奥行き1.5mの大きさで,全体を,朱・群青・白で
彩色した貴重な建造物です。右上に見えるのはその覆殿で,その中に年月を経て
彩色は落ちてしまったものの当時の本殿を見ることが出来ます。
さて,新海神社の参拝を終え振り返るとご覧の風景が飛び込んできます。
左の大きな屋根が本陣,右の車が止まっている家が本亭旅館になります。
和田宿がいかに山に囲まれた谷間に有るかがよく分かる場所といえるでしょう。

菩提寺
若干離れていますが,菩提寺にも足を伸ばしました。追川の少し上流で,
門前の太鼓橋はとても面白い橋です。普通橋と言えば下は川かお堀,
でもここでは違います。なんと歩道になっていて通れるのです。
帰りはこの橋をくぐり,狭い道を追川へ出てみてください。かわちやへ出ます。