その4

和宮さまが通った道と分かれ昔の中山道へ

 一つ家跡
 ここには老婆がいて,
 旅人を苦しめたと
 言われている。
陣馬が原
 太平記に新田方と足利方の
 うすい峠の合戦が記され,
 戦国時代,武田方と上杉方の
 うすい峠合戦記がある。
 笹沢から子持山の間は萱野原で
 ここが古戦場といわれている。
子持山の麓に行くと道が分かれている
ところがあるから気をつけてね。
登ってきた道をそのまま行くのが,安政
遠足の道であり,
和宮道だよ。
中山道は「
陣馬が原」の看板がある
所から,一寸分かりにくい
左の細い道
入るには勇気が要るよ。だって
「熊出没注意」て書いてあるんだ
(12時06分)
 化粧水跡
 峠町へ登る人々が
 この水で姿・形を
 直した 水場である。
 人馬施行所跡
 笹沢のほとりに,文政十一年
 江戸呉服屋の与兵衛が,
 安中藩から間口十七間,
 奥行き二十間を借りて
 人馬が休み家をつくった。
勇気を出して
細い道を行くと
左の看板が
でてくるはず
だよ。この
看板を見つける
と中山道だって
分かるから
安心できるんだ。
(12時18分)
碓氷峠の頂上付近は,
迷いやすいので注意して
下さい。坂本から登った
場合は,陣馬が原で左の
細い道に入り,施行所跡で
沢を渡り渡り,林道へ
出たら,右へ登ってください。
左に下ると,5分ぐらいで
行き止まりになります。
右に行くとすぐ,右から
和宮道が合流します。
そこには,仁王門跡と
思婦石が有りますので
良い目印になります。
合流後は,左に行くと
すぐに舗装道路となり,
ゴールの碓氷峠です。
峠から下る場合は,
長坂道の看板を見落とさ
無いように注意してください。
ここも細いので入るのに
勇気が要るでしょう。
左の写真が,長坂道から林道へ出て所だよ。上から来るとこんなヤブの中へ
入ってゆかなくてはならないので,一寸怖いよ。怖いと言えばこの入口の右の
土手の向こう側はお墓になっているからそれも目印になると思うよ。
(12時54分)
ここが,和宮道と中山道が分かれる分岐だよ。碓氷峠方面から見た
写真だよ,右に行くと中山道だから間違わないでね,地理に自信の
無い人は,左の和宮道へ行った方が良いかもしれないね。
ボクたちも少し迷ったから随分時間かかっちゃった
(13時21分)
仁王門跡
 もとの神宮寺の入口にあり
 元禄年間再建されたが
 明治維新の時に廃棄された。
 仁王様は熊野神社の
 神楽殿に保存されている。
思婦石
 群馬郡室田の国学者
 関橋守の作で 安政四年(1857)
 の建立である。
 ありし代に かえりみしてふ 碓氷山
   今も恋しき  吾妻路のそら
やっと道が分かるところに
出て来れたので安心したよ。
本当に薄暗い山の中で,
道が分からなくなっちゃうと
心細いよ。昔は山賊まで
居たって言うからもっと
心細かったんだろうね
(13時22分)
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